第7話


 私の名前は、浅木陽菜普通のしがない女子高生である。

 ……本当だよ?ちょっと趣味がオタクっぽいっていうだけで。

 ただ、周りのみんなと違うのは、私の中の、本当の自分を隠して生きてきたということ。昔から周りに期待されてきた私は、それに応えるために必死に頑張って来た。そうして、何も考えず期待に応え続けて来た私に課せられたのは、本当の自分を誰も知らない、一種の孤独だった。

 後に、本当の私を理解してくれる親友ができるんだけど、その子は今、遠くの別の高校に通っているから結局今の私の近くには本当の私を知っている人はいない。だから私は心のどこかで探していたのかもしれない、本当の私を理解してくれるオタクで優しい誰かを。


 ……こんな感じで大丈夫だよね?

 疑心暗鬼になるぐらいスマホの画面とにらめっこしながら、私は何度もメール文を読み返しては、頭をなやませている。

 メッセージ画面には、『今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとね。また明日の放課後生徒会準備室で会えないかな?』と書かれている。

 咄嗟だったとはいえ、あんな態度とっちゃったから……しかもいきなりコスプレを披露しちゃったわけだし、学校ではああ言ってくれていたけど、絶対びっくりしてるよね……、


 私に初めて出来た彼氏さん、須郷義人君、私の中身を好きだと言ってくれた人。そんな彼に送るメールをさっきからずっと考えているんだけど。

 今更になって恥ずかしくなってきたかも……そもそも出逢ったときから私結構ぐいぐい行っちゃったよね、あの時はその、ほら!大切なストラップを拾ってもらって、それから大好きなオタク話で盛り上がって、私も舞い上がっちゃって。気づいたら彼と接している自分が本当の自分で、なによりも本当の私を須郷君が受け入れてくれた気がして。

 本当の浅木陽菜を見てくれる男の子に出会えた気がして、そんな彼と一緒にいたいと感じる自分がいて。

 ほんのりと、私の頬が熱くなっているのを感じる、祈るように握りしめたスマホが赤くなった私の顔を映していた。


 でも本当に告白されるなんて思ってなかったなあ、ちょっとびっくりしちゃったけど、でも、本当に嬉しかった。

 まだ、出逢って間もないはずなのに。須郷君の事を私はもっと知りたい。


 がんばれわたし!

 今世紀最大、とはいかないものの、決意と力を込めて私はメールの送信ボタンを押した。


 ☆☆☆


 ん?

 お風呂から上がり、タオルで頭をふきながらリビングに入いると、スマホに何かメッセージが来ていることに気が付いた。俺はまだ濡れた体のままソファーから端末を拾うと、通知を確認するために電源を入れた。

 陽菜さんからだ、なんだろう?

 まだ少し緊張する陽菜さんとのメール、最近はそれなりにやり取りをしているが、メールを送る瞬間はかなり神経質になってしまう。

 だってそうだろ?間違って引かれるようなこと送って嫌われたりしたら、俺もう立ち直れねーよ。

 そんな最悪の未来を想像しつつ、俺はメールを確認する。


『今日は私のわがままに付き合ってくれて本当にありがとね。また明日の放課後生徒会準備室で会えないかな?』


 明日の放課後ってことは、陽菜さんと明日学校で会えるということだ。生徒会準備での秘密の邂逅、脳内に陽菜さんの笑顔が思い浮かんで、思わず唇が緩んでしまう。


『はい、大丈夫です。また明日生徒会準備に行きますね』


 ポチポチとメールを打って送信する。


 ピロン。


『ありがとう、待ってるよ』


 直ぐに返信が帰って来た。明日また陽菜さんに会える。そう考えて、ふと画面の向こう、俺と同じようにメールを打っているはずの陽菜さんのことが気になった。

 今、もしかすると陽菜さんは、もこもこのかわいい服とか着てたりするのかな?

 やっぱり、きっと真面目に予習とかしてるんだろうなー。……俺も見習わないと。

 そうして俺は、鞄から課題のプリントを取り出し、机の上に広げて、


「……今度陽菜さんにお願いしてみようかな」


 結局、空白の解答欄が埋まることはなかった。


 翌日の朝、玄関を出ると何故か美桜が腕を組んで立っていた。相変わらず不機嫌そうな顔をしているが、一体どうしたのだろうか。


「美桜?どうしたんだ、こんな朝っぱらから?」


「……これ」


「これは、お弁当?」


 風呂敷きに包まれたそれを見て、弁当箱だと結論付ける。しかし、美桜が俺に弁当箱を差し出す理由が俺にはわからなかった。


「えーと、なんで弁当?」


「……なに?いらないの?」


 明らかに不機嫌さが増した美桜が俺の方を睨んできた。普通に怖い。


「あ、ありがとう。美桜が作ってくれたのか?」


「……どうせ今日も栄養ゼリーだけなんでしょ?もし、倒れられたりでもしたら雪音さんに顔向けできないから、それだけだから」


 そう言い残して、制服姿の美桜がマンションの階段の方へと歩いて行った。

 手に伝わってくる温かな感触だけが、美桜がいたことを主張している。


 一応はパンも買うつもりだったんだけど、でも美桜がお弁当作ってくれるなんて、ちょっと……嬉しいな。


 予想外の一幕に、少し驚きと嬉しさを感じつつ、朝の陽光が差し込む階段を降りた。少し眩しい光に目を細めつつ、俺もいつもの通学路を歩き始めた。


 教室に入ると、一瞬だけクラスメイトの視線が俺の方に向く、そして何事も無かったかのように元の状態に戻っていった。誰一人として俺に声をかける奴はいない。

 まあ当然だよな、去年から俺、ずっとぼっちだし。……いや、今は陽菜さんがいてくれる。それで充分だ。別に、今更嘆くことじゃない。

 俺は黙って席に座り、机にうずくまってみずみずしさを感じる朝の校庭とグラウンドを眺めた。


「皆さん、席についてください。ホームルームを始めますよ」


 しばらくして担任の教師が入って来て、黒板の前でそう言った。

 確か担任の名前は……小町先生だったか?あんまり教師の名前覚えてないんだよな。

 担任、小町先生の姿を遠目にみつつ、俺も周りの生徒たちと同じように席を立った。

 まだ、号令係が決まってないため小町先生自らが「礼」と言ったのに合わせて俺たちは頭を下げて、椅子に座る。

 今頃陽菜さんもホームルームやってるのかな?なんとなしに頭によぎるのは一人の女の子、理想のお姉さん系美少女、陽菜さん。

 学校では、浅木会長として振る舞っているからただの生徒と、学校一の秀才生徒会長、て言う関係になるんだけど。昨日のことは特に噂とかされてないっぽいよな。

 陽菜さん、もとい浅木会長直々に呼び出されて、生徒会準備室で秘密のひと時?を過ごしたんだけど、端から見れば俺が浅木会長に何故か呼び出されたということになる。

 まあ誰も俺に興味なんかなかったから変な噂とかにはならなかったてところかな、そもそも会長の時の陽菜さんしか知らない生徒からしたら、陽菜さんが俺と付き合っているなんて思いもしないだろうから、そんな考えにはならなかったのかも。


「昨日も言った通り一限目は委員会の係を決めるので、各自考えておいて下さい」


 そんなことを考えていると、不意に小町先生の声が響いてきた。

 ——委員会、そういえば昨日先生言ってたな。何があるんだっけ?

 俺は昨日貰ったプリントを引っ張りだして、ある委員会が目に止まった。

 代議委員?これって——、


「起立」


 再び小町先生の号令が響いて、俺は立ち上がった。

 一礼して、席に着く。

 代議委員……本来なら俺がやるような委員会じゃないよな。

 代議委員は、学級委員と並んでクラスの中心人物が務めるものだ。俺のようなはぶられ者がやることではない。それに、俺に務まるとは思えない。

 人には出来ることと、出来ないことがある。だから出来ないことはやらない。出来ることをする。それが俺のモットーだよな。

 一瞬だけ、もし代議委員になれば生徒会とかかわりを持つため、陽菜さんの近くにいられると思った。しかし——、


 学校ではかかわりを持たないのが俺と陽菜さんとの約束だよな。


 付き合っていく為に、陽菜さんと決めた誓い。それが芽生えかえた思考に待ったをかける。

 そもそもなれるわけないしな。

 そう考えて、俺はその選択を捨てた。


 放課後、俺は、少し暗くなった廊下の端にある生徒会準備室の前に立っている。学校ではただの学生同士の関係、しかし、唯一俺と陽菜さんが本来の関係で会うことができる。秘密の花園。

 ほとんど倉庫なんだけどね。

 言葉では、どこか特別な隠された場所のように思えるが、実際は廊下の奥にある少し寂れた普通の一室。だが——、


 会えるだけで充分だよな。


 そう、本来であれば俺たちが、学校という観衆多い領域で恋人として顔を合わせることは出来ない。もし、俺なんかと付き合っていることを知られてしまったら、陽菜さんがこれまで積み上げて来た理想の『浅木陽菜』を壊してしまうかも知れない。そんなリスクを背負ってまで俺の彼女になってくれた陽菜さん。そんな陽菜さんの為ならなんだってできる。だって陽菜さんは——、


「あ、お疲れ様、須郷くん」


 美人でかわいい、理想のお姉さん系美少女なのだから。

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