第6話
「陽菜さん、なんですよね?」
薄く微笑む彼女は間違いなく陽菜さんである。
だってこんな美人でかわいい理想のお姉さん系美少女を誰かと間違えたりしない、断言しよう。
「直ぐには、信じられないよね……それに結構きつく当たっちゃったよね、本当にごめんね」
「い、いえ、俺の方こそ陽菜さんのこと考えずに先走っちゃってすいません、そりゃそうですよね、学校では俺と付き合ってるなんて思われたくないですよね、ほんとすいません」
「ううん、違うの、これは私のわがままなの、だから須郷君はちっとも悪くないの
」
そう言って、申し訳なさそうに視線を足元に落とした陽菜さん。陽菜さんの表情は罪悪感で溢れ、今にも張り裂けそうな何かを抱えている、そんな風に思えて。
「私、学校では全然違ったでしょ?普段はああして仮面を被っているの、理想の自分、理想の浅木陽菜を演じるために」
理想の自分……
彼女の言葉が、一つずつ重く心にのしかかっていく。
「私ね、結構周りから期待されて来たの、言われたことを成し遂げるために頑張ってきたつもり、でもね、そうしているうちに段々と自分が分からなくなってきてね、ただ何も考えず期待に応えるためだけの日々が続いてたんだ、そんな時にアニメやラノベに出逢ったの」
俺は黙って陽菜さんの話を聞いた。陽菜さんの落とす言葉を拾うように、一言一句取り忘れることなく。
「何かに抗いがいながら、それでも自由に、懸命に生きるキャラクター達を見て私もそうありたいと思った。でもそう簡単にはいかないよね、ここはアニメやラノベの世界じゃないから、だからせめて好きなものに触れている時ぐらいは本当の自分でありたいと思ったの。それがいまの私、浅木陽菜なの」
「それが、陽菜さんが生徒会長浅木陽菜を演じている理由なんですね」
コクリと小さく頷く陽菜さん、それから陽菜さんは不安そうな顔で俺を見つめると。
「私、本当は皆が言うような凄い人なんかじゃないんだ、ただ、期待に応えようとして言われたことをこなそうとしているだけの偽物なんだ」
「そんなことないですよ、期待に応えるために努力出来るのはすごいことです、誰にだって出来ることじゃないです、俺陽菜さんのこと、かっこいいと思ってます」
俺は纏まらない言葉のまま、何とか形にして陽菜さんを見据えた。陽菜さんは顔を手で覆って少し恥ずかしそうにしている。指の隙間からチラッと俺を伺うように。
「須郷君、まだ知り合ってばっかりだけど、どうかな?こんな私、君に好きになってもらえるかな?」
「もう十分好きですよ?」
「う、嬉けどやっぱりちょっと恥ずかしい……」
「そ、そうですね」
「やべ、俺も今更になって恥ずかしくなってきた、十分すきですよ?とかかっこつけすぎだろ……」
お互い赤面して目を逸らした。
「ふふ、あの時ストラップを拾ってくれたのが須郷君でよかった」
少し赤さの残こる笑顔でそう言ってくれる陽菜さん。
彼女の笑顔が輝いて見えたのは、煌めく夕日と重なったからかもしれない。
「ところで須郷君」
咳払いをして、陽菜さんが少し恥ずかしそうに俺を上目遣いで見ている。
かわいい。
「はい?」
俺は平然を装って答える、改めてみると本当に陽菜さんって美人でかわいいよなあ。
本当に俺の彼女でいいのだろうか?
「実は最近私あることに興味があってね」
「あること?」
「ちょっとだけ後ろ向いててくれる?」
「?分かりました」
「絶対いいって言うまで振り返ったらだめだからね?」
「大丈夫です!絶対見ませんから!」
一体なにするつもりなんだ?後ろを向けってことは、まさか……
背後から、何やらゴソゴソと音がして、「んー」と体を伸ばした時に出るような声が聞こえてくる。そこから推察するに、多分陽菜さんは。
「まだ、ダメだからね」
着替えをしている!てことは、陽菜さんが俺の後ろで脱いでる!?え、ちょっと大丈夫なのかこれ!?確かに鍵はかけてたけど。
「うーんと。ここをこう留めて」
いや、俺は信頼されているんだ、絶対に見ちゃいけない!でも気になるよね!?思春期の男子高校生なら分かってくれるよね!?……ダメだ、違うことを考えるんだ。そうだ昨日見たアニメのことでも、
『こう君の変態!』
今週はお色気回だったの忘れてた!こらえろ、俺の理性、陽菜さん早く……。藁にも縋るように少し年季のある天井を見上げて。
「こっちむいていいよ」
その響いた声は、この嬉しいようで過酷な現状から俺を救い出す女神さまのお告げのようにおもえた。まあそんな状況を作ったのは女神様本人なんだけどね。
そう心の中で苦笑しつつ俺は陽菜さんの方に振り返った。
「……え?」
間違いなく俺の前に立っている人は陽菜さんだ。だが俺の意識は彼女の着ている服、否、衣装というべきそれに奪われていた。まるで羽衣だった。陽菜さんは俺の知っているアニメのヒロインと同じ格好をしていた。それもかなりのクオリティであり、まるでキャラクターがアニメの世界から飛び出したと感じるほどマッチしている。それこそ実写なんて比じゃないほどに。(実写じゃされたわけじゃないんだけどね。)
というかこれって。
「どうかな?これシーナちゃんのコスプレなんだ、ちょっと恥ずかしいけど、最初は君に見てほしかったから」
陽菜さんは俺を伺うように指を前で合わせて少し恥じらいながら、ほんのりと頬を赤く染めている。その表情がとてもかわいくて、俺まで赤くなってしまう。
「——に、似合ってます」
ストレートに、そう零れた言葉が、差し込んだ夕日の光に消えていった。
そして陽菜さんを直視できずに視界の端に映っていたダンボールに視線が逃げてしまう。
「どこ見てるの?」
「いや、その……」
「私だってちょっとは恥ずかしいんだからね?」
そう言って赤面したまま、ぷいっと腕を組んで明後日の方向を見る陽菜さん。それすらもかわいく見えるのは、彼女がコスプレをしているからなのか、今の俺にはわからない。だけど。
「……めちゃくちゃ似合ってます。シーナちゃんが本当にいるみたいです」
「それなら……よかった」
小声でそう呟く陽菜さん、そんな優しく微笑む陽菜さんが本当にかわいくて。
「そ、それでねッ、一つお願いがあるの」
「どうしたんですか?」
「またここで君にコスプレを見せてもいいかな?」
少し膨らんだ胸に手をあてて俺を見つめる陽菜さん、その一連の仕草が完全に俺の理性を壊しにきていた。縋るような黒い瞳が宝石のように見えて。
「俺でいいならいつでも大丈夫ですけど、でも大丈夫なんですか?この部屋他にも使う人いるんじゃ……」
「あ、それなら大丈夫、鍵かけてるし生徒会の仕事は帰ってからやることの方が多いから」
……多分みんなビビッて帰っちゃうんだろうな、会長のときの陽菜さんおっかなだろうし。
「先生とかは大丈夫なんですか?もし見られたりしたら」
「そこも心配ないよ、この部屋隠れられるとこあるから、それに物置として使われてるから行事ごとぐらいじゃないとそうそう来ることはないと思うよ?」
「そ、そうなんですね」
どちらにせよ危険はあるけど陽菜さんが言うなら大丈夫だよね、でもまさか陽菜さんがコスプレ好きだなんて思わなかったなあ、すきなレイヤーさんとかいるのかな。
そういえば何かこう、大事なことを忘れているような……
「それとね、須郷君、もう一つ大事な話があるの、私たちの学校での関係のこと」
あ、そうだ
陽菜さんの言葉を聞いて意識が覚醒するかのような感覚に陥る。コスプレの衝撃と、陽菜さんかわいさで置き去りにされていた問題。生徒会長として期待に応える陽菜さんと俺は、はっきり言って赤の他人だ。もしこんな俺と付き合っているなんて知られたら、陽菜さんが積み上げてきたもの全てを壊しかねない。
「はい、分かっています。この場所以外では陽菜さんとは関わらないようにします。陽菜さんの経歴に泥を塗るわけにはいきませんから」
「ッ……」
だってこんなにも美人でかわいい理想のお姉さん系美少女と付き合えているんだ。これぐらいのこと造作もないさ。
「ご、ごめんね、私のわがままにつき合わせちゃって、普通のお付き合いができたらよかったんだけど」
「気にしないでください、今のままでも十分幸せですから」
「須郷くん……」
確かに少し特殊な関係かもしれないけど、陽菜さんと一緒にいられるならなんだって構わない。学校では接点のない生徒と生徒会長、でもそれ以外の時間はかわいくて美人な理想のお姉さん系美少女。それが、ましてや俺の彼女である。こんな俺みたいなやつがそんな陽菜さんと付き合えるんだ、これぐらいなんてことないよな。
「須郷君には迷惑掛けちゃうかも知れないけど、これからよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
こうして俺たちは少し変わった形ながら、お付き合いをすることになった。そのため、俺たちはルールを決めることにした。
一つ、生徒会準備室以外の場所では生徒会長とただの学生の関係であること。
二つ、もしこの関係がばれた場合は別れること。
三つ、この関係を信頼できる人以外には、誰にも明かさないこと。
その日の帰り道、俺と陽菜さんは下校時間をずらしている。俺たちの関係上、当然と言えば当然なのだが少しむず痒いのもまた事実である。
そこを我慢できてこそ、初めて付き合えるわけだから女々しいこと言ってられないよな。
既に夕陽は、遠くに見える山の向こうへと姿を消しており、僅かな夕焼けの残滓が夜に飲み込まれるのも時間の問題だった。
それにしても、俺に彼女ができるなんて夢にも思わなかったなあ、それもあんなに美人で趣味の会う人だなんて、春休み前の俺に言っても信じないだろうな。まあ、陽菜さんが生徒会長だったことは未だに衝撃的だけどさ。
まだ出逢って数週間、勢いで告白してまさかの承諾、明かされた陽菜さんの学校での姿。日常が、一瞬にして非日常になりゆくのを思い返しながら、迫りくる夜を迎えに行くように、見慣れた坂道を登った。
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