第4話


 それから俺たちはアニメイベントを満喫した。グッズコーナーを回ったり、声優さんのトークショーを楽しんだり、歩きながら感想を言い合ったり。理想のお姉さん系美少女の陽菜さんと、これでもないくらいイベントを楽しんだこの瞬間は、間違いなく夢の時間だった。

 そうして楽しんだイベントを後にした俺と陽菜さんは帰りに本屋に寄ることにした。

 駅前にあるこの本屋は俺もよく行く場所でありお気に入りの店である。

 普段は当然一人でくるんだけど……まさか女の子と来ることになるなんて考えたこともなかったなあ。


「須郷君?」


 つい、入口付近で思いふけっていた俺を、隣を歩いていた陽菜さんが不思議そうな顔で覗き込んできた。

 陽菜さんの顔が目の前にまで迫り、思わず赤面してしまう。

 ひ、陽菜さん!? もしかして今時の高校生ってこれぐらい普通なのか?俺が無知なだけなのか?てかもうそのしぐさ超かわいいです陽菜さん!

 心の中で叫びつつもその瞳から思わず目を逸らして


「私でよければ相談乗るよ?」


「たいしたことじゃないんで……お気遣いありがとうございます」


「そう?それならいいんだけど。なにかあったらお姉さん相談のるからね」


 美人でかわいくて、こんなにもやさしい陽菜さん。きっと女神さまって陽菜さんのような人のことを言うんだろう。

 恍惚として見入ってしまう陽菜さんの姿は、それほどまでに理想的だった。

 一歩先に出た陽菜さんが踵を返すように振り返った。


「さて質問です。私が見たいコーナーはどこでしょうか?」


「ひ、陽菜さん?」


 えーと、これは?どういうことだ?でも陽菜さん楽しそうだし。うーん。

 質問の意図まではわからないが、とにかく思いつきで答えてみる。


「やっぱり参考書とかですか?」


「違います」


 シャットアウトされた。

 うーん、先輩だから勉強関連だと思ったんだけどなあ。


「流石の私もこの流れで参考書コーナーは行きません。それに須郷君だって私と参考書コーナー行っても楽しくないでしょ?」


「陽菜さんとならどこでも楽しいです」


「え……そ、そう?で、でも今回はハズレ、参考書コーナーではありません」


「それじゃラノベコーナーですか?」


 思いっきり斬り込んでみる。本当は俺が行きたいだけなんだけどね。

 しかし陽菜さんは小さく微笑むと。


「正解、よく出来ました」


 え?正解なの?


「私の行きたいところは、君の行きたい所なのです」


 その笑顔が妙に輝いて見えて、目を逸らす。


「それじゃ入ろっか」


 再び反転する陽菜さん。

 その優しい微笑んだ顔が脳裏に焼き付くのを感じながら。


「かわいいです。陽菜さん」


 そう誰にも聞こえない声で呟いた。


 自動ドアが開いて、本屋に入った。最初、というか元から俺たちの目的は決まっている。そう、ラノベコーナーである。ここに来るときは必ず立ち寄る場所であり、俺の一番好きなところでもある。ラノベコーナーの列に行くと、いつものように色鮮やかなイラストに彩られた美少女たちが俺たちを出迎えてくれた。


「あ!私これの最新刊ほしかったんだー、須郷君はどれか決めてるの?」


「俺はこれです。最近読み始めて」


「私もそれ読んだよ、アークランドの旅人」


「これいいですよね、人間関係の描き方とか絶妙で、ヒロインもかわいくて」


「そうだねー」


「あ、陽菜さんこれ知ってますか?」


「うーん?うん、知ってるよ、アニメも面白かったよね!」


「はい!バトルシーンなんかも迫力が凄くて」


「このシーンのことだよね?」


 陽菜さんがスマホに一本の動画を表示させていた。動画の説明欄に、アニメのシーンの説明が書かれていた。


「そこです!本当にすごいシーンですよね」


「私こっちも好きだよ」


 動画をスライドさせて、次の動画が表示される。その場面も先程のシーンを引けを取らない名シーンである。


「また見たくなっちゃいますね」


「……一緒にみる?」


 そう言って陽菜さんがイヤホンを取り出した。片耳にそれをつけて、もう片方を俺に差し出した。

 これって、恋人がよくやるやつじゃ……

 薄く微笑んでいる陽菜さんからそれを受け取って耳につけた。


「ふふ、じゃ行くよ」


 陽菜さんの手がスマホに触れたのと同時に音声が流れてきた。声優さんの熱い演技がBGMに乗せて耳に流れてくる。

 ふと、陽菜さんと目が合った。

 口パクで「ここ良いよね」とそう言った気がした。

 だから俺も「そうですね」と唇だけを動かした。


 ……とまあ、こんな感じでお互いの好きなラノベを語り合いながら、本屋のラノベコーナーでのひと時を楽しんだ。

 本屋を出ると空が赤い夕焼けに染まっていた。多くの人が少しだけ急ぎ気味に行きかっいる。

「もう夕方だねー」

 陽菜さんが赤く塗られた空を見上げてそういった。少しだけ儚げに聞こえたのは、この時間帯のせいだろうか。それでも瞳に映る陽菜さんの横顔は見惚れてしまうほど綺麗で、俺はさっき買った本の袋を強く握りしめる。だがそれ以降に紡ぎたい言葉が音になることはなった。

「そろそろ帰ろっか」


「そうですね」


 再び俺たちは歩き出した。いつも通るこの道を、今日は理想のお姉さん系美少女と歩いている。この状況を改めて考えると。

 ……本当に夢みたいだよな、だってこんなかわいくて綺麗なお姉さんとお出かけしてたんだぜ?

 視界の端に陽菜さんがいる。ほんの少し意識するだけで跳ね上がってしまう鼓動の音を陽菜さんに気づかれないように夢のような時間を歩いた。


「そろそろお別れだね」


 赤かった空は薄暗くなり、ゆっくりと夜が近づきはじめた頃、隣を歩く陽菜さんが呟くようにそう言った。気がつくと、俺の住むマンションが目の前にあり、その言葉の意味を証明していた。


「そうですね、今日はありがとうございました。めっちゃ楽しかったです」


「こちらこそありがとね、私も楽しかったよ、本当はお礼のつもりだったのに私の方が楽しんでたかも」


 優しく微笑む陽菜さん。その笑顔がまたかわいくて、頬が熱くなるのを感じる。まだ会って1週間も経っていない。なのに俺の心は陽菜さんのことで一杯だった。


 ふと揺れた陽菜さんのカバンに、あの日拾ったシーナのストラップが見えた。可愛げに微笑んだデザインのストラップ、彼女が初めて微笑んだシーンと、陽菜さんの笑顔が重なった気がして。


「あの……陽菜さん」


「どうしたの?」


 気がついた時には言葉が、想いが溢れていた。器から溢れた感情が音となって、意味を形にしていく。


「俺……はじめてだったんです。誰かとオタク話しをしたのって、それがこんなに楽しいなんて思わなくて、それも陽菜さん見たいな優しく人と話せて、本当に楽しかったんです。」


 陽菜さんは静かに、頷きながら聞いてくれた。


「それで、俺気づいたんです。きっと陽菜さんだったからこんなに楽しかったんだって。だから俺、陽菜さんのことが好きです」


 勢いそのままに言ってしまった。陽菜さんは黙ったままじっと静かに俺を見ている。

 まだあって一週間、そんなやつから告白なんて誰も受けてくれない、少し考えればよく分かることだ。だけど止まらなかった。それならもう二度と会えなくてもいい、身勝手だけど、せめて想いだけは伝えてたいと、そう思ったから。


「——私ね、なかなかオタクってことを人に言えなかったの。ずっと我慢してた、一人だけ話せた子もいたんだけど、普段はなかなか会えないから、そんな時に須郷君に出逢ったの。全力でオタクを、好きなことを楽しんでいる君に……私は憧れたの」


 陽菜さんの声は淡々としていた。何かに手を伸ばしているそんな気がして、曝け出した想いが交錯する。


「私は君のことを知りたいと思ったの。もし私が好きになる人がいるなら、きっと自分を大切にできるそんな人、だから」


 一度陽菜さんは言葉を区切った。訪れた一瞬の静寂は陽菜さんの空気を吸う音で破壊される。


「私は須郷君が好きなんだって」


 その言葉に、俺の思いは走り出した。真っ直ぐに陽菜さんに向かって。


「俺と……付き合って下さい」


 本当は胸の鼓動が跳ね上がり、顔も赤く染まっているかもしれない。それでも俺は必死に陽菜さんの瞳を見ようとした。綺麗な飴細工のような瞳に俺の顔が映った。


「……よろしくね」


 そう言葉が返ってきて、限界がきたのか、全身の力が一気に抜けた。思わず地面にへたり込みそうになるのをなんとか支える。


 陽菜さんは少し恥ずかしそうに、でも薄く微笑んでいた。

 夢ではなく、現実だと陽菜さんの笑顔がそう言っている気がして。

 夜になった空を見上げた。


 今日に俺に、人生ではじめての彼女ができた。

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