線引き

井上イッキュウ

線引き

 さて、今日も本屋に行ってみるか。

 あ、今日もいるな。




 元々小説読むのが好きだということに加え、自宅から徒歩数分で行ける距離に本屋がある環境も相まってか、週に1、2冊を読了する習慣が身に付いている。幸い、安定的かつホワイトな職に就いているため、プライベートな時間に比較的ゆとりがあることも大きな要因の一つなのだろう。

 あまりにも定期的に通っていることもあり、店長さんやアルバイトくんたちとは

「お、また来てるのか。今日も良い本見つかるといいね」

「この間買っていった本、面白かったですか?今度感想聞かせてくださいよ」

 という間柄になるほどであった。



 本好きとしての感覚なのか、あるいは自分だけの感覚なのかは定かではないが、次に読みたい本のストックが自宅にあるにもかかわらず、何故か本屋へ行って小説コーナーをウロウロしてしまうことがある。しかし、それが無駄になることは割と少なく、次に読みたい本を新たに発見することもあれば、読書に対する熱量がより高まることもある。

 さらに、読書という趣味の延長として、最近では自身で小説を書くことに挑戦しており、何か良いアイデアが思い浮かぶきっかけになったりもする。

 要するに、僕にとってはいろいろと意味のある行動と言えるのだ。



 そんなある日、ふともう一つの意味ができてしまった。


 いつものように小説コーナーへ行くと、一人の女性がいた。

 それほど大きくない本屋ではあるが、お客さんがいて、本を選んでいる光景は当たり前なのだが・・・・・・兎に角、綺麗な人だった。さらに言えば、僕の理想の女性そのものと言って差し支えないだろう。所謂“一目惚れ”ということだ。


 もちろん、その場で声をかけてどうこうはなかったが、その日を境に本屋へ通うペースも滞在する時間も増えていった気がする。

「あれ、最近は前よりもよく来てるね。何か気になる本でもあった?探してる本があるなら取り寄せるから言ってね」

 店長さんからそう言われるほどだった。


 言っておきたいのは、僕はあくまでストーカーではないということだ。本人がそう言っても説得力はないのかもしれないが。また、不思議なことに、僕がいつ行ってもその女性はいつも小説コーナーにいるのだ。よほど小説が好きなのか、それこそ何か探している小説でもあるのだろうか。


 それほどまでに小説が好きなのだとしたら、僕の書いた小説をぜひ読んでもらいたい。あわよくば、そこからお近づきになれたらと思わないわけではなかった。

 それからというもの、過去に書いた小説の中で一番自信のある作品を、何度も何度も加筆を繰り返し、おおよそ一週間で完成させた。



 完成した翌日、自信作の原稿を持って本屋へ行くと、やはり例の女性がいた。よし、思いきって今日声をかけてみよう。


 「あ、あの、突然すみません。」

 「・・・はい?」

 「僕、この近くに住んでいるものなんですけど。最近よくこのコーナーにいらっしゃいますよね?もしかして小説好きなんですか」

 「・・・・・・」

 「いきなりでホントすみません。あの、もし良ければなんですけど、僕の書いた小説、読んでみてもらえませんか?小説が好きな人の感想をぜひ聞いてみたいので」

 「・・・いやいや、別に小説は好きではないんですよ。むしろ興味ないくらいです」

 「・・・・・・えっ?」

 「・・・・・・・・・ですから、別に小説には興味ないんですよ」



 小説に興味を持たれるでもなく、ストーカー扱いされるでもなく、淡々とそう告げられた。



 「え、で、でも以前からよくこのコーナーにいらっしゃいましたよね?あ、いや、僕は元々小説が好きで、近所にあるこの本屋の常連みたいなもので、こういう目的で通ってるとかじゃないっていうか・・・」

 「あなたの経緯なんて知りませんが、そういうわけなので、もう結構です」

 「じゃ、じゃあ最後に一つだけ教えてください。何故頻繁にここにいるんですか」








 「・・・・・・ねぇ、聞いてくれる?あのね、私の大好きな人がね、すごく小説好きな人なんじゃないかなって思うの。あれは確か一ヶ月ほど前だったかな、このコーナーで真剣に小説を選んでる姿を何度か見かけたことがあったの。でもさでもさ、さすがにその後を追いかけたらそれはもうストーカーになっちゃうじゃない?だからね、もし次にここで会うことができれば、多分それはもう、そうだな、運命なんだろうなって思うの。だからね、その時は今度こそ声をかけようと思ってるの。つまりね、私はここに置いてある小説がどんな内容だろうと興味ないのよ。あ、もちろん彼が薦めてくれるならそれはまた別の話だけどね。そういうわけでね、私は彼がもう一度ここに来るのを待っているだけなの。あ、君さ、この近所に住んでるんだよね?私の大好きな人、もしかして知らないかな?うーんとね、芸能人に例えると、名前は何だったかな、クイズ番組の司会やってる、イケメン俳優に似てると思うんだけど。ねぇねぇ、もし私の大好きな人がこの近所に住んでるなら、もしかして心当たりあるんじゃない?どう?教えてくれないかなー?あー、でもなー、この小説コーナーで会わないと結局意味ないのかー。運命ってそういうもんだもんね。ごめんごめん。やっぱり知ってても言わなくていいや。あーあ、そろそろ来てくれないかなー」








 数日後、次に読む本のストックが無くなったため本屋へ行くと店長さんに言われた。

「いらっしゃいませー」

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