第七話

「いいぞ橋川! 自己ベストだ!」

 監督の嬉しそうな怒鳴り声が聞こえた。

「最近頑張ってるな。その調子で本番まで頑張れよ」

「……はい」

 正吾が転校してから、僕は以前よりもさらに練習に励み、順調にタイムを延ばしていた。

 でも、まだ足りない。こんなんじゃ追い付けない。

 スターターピストルの音が鳴る。

 前脚でスタートを蹴り、腕を振り上げ、次の脚で地面を蹴る。

 一直線の道を、駆け抜ける。

 監督の声で自己ベスト更新を知り、息を吐きながら走った道を振り返って。

 拳を強く握り締めた。

『速いほうが足跡は深く残るんだぜ』

 コースを一本走るたびに、手の届かない彼の声が蘇る。 

 知ってるよ、そんなこと。


 何度思い出したと思ってる。真っ直ぐに残る、その足跡を。

 何度追いかけたと思ってる。深く影の落ちる、その痕跡を。

 何度恋焦がれたと思ってる。青空へと駆ける、その軌跡を。


 あの日見た彼の本気は、忘れたくても忘れられないんだ。


 握った拳をゆっくりとほどく。

 僕は踵を返して、もう一度スタートラインに向かった。

 たとえ彼が僕とは違う生き物だとしても。

 追いつけないと思うなら、追いつきたいと願うなら、どうすればいいか。

 彼はそれも教えてくれていた。


 ――走って、走って、走るんだ。

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