蠱惑する百合
寝てもわからないし、寝なければ何もわからないですね。
初めて彼氏以外の人としたのち相手にそう言ったら、乾いた声で「はは」と笑って、そうかもね、と呟いた。するまでは2年くらい、友達だった。今はもうどうしているかよく知らない。仙台にも東京にもいないことは確かだけれど。
いつも思う。すれば関係を早かれ遅かれ収斂させてしまうだけなのに、そこ行き止まりが用意されているなら手をついて確かめたいという欲求を抑えられない。結局は。腑に落ちる方法は、いまのわたしには寝ること以外に思いつかない。
空腹と好奇心が似ているのなら、じゃあ穿たれた洞を埋めることもまた、同じだ。
仲がいいと思っていた後輩に陰で「おとこずき」と言われていたのを随分後になって知って声もなく嗤った。不思議と落ち込まなかった。そう見えて仕方ないとも思う。格好も言動も明け透けだし、隠す気もない。ただ、正しくは男がすきなんじゃなくて男といる自分がすきなだけだ。
わたしは男の人がすきなんじゃなくて男を切らさない女である自分でないと気が済まないだけなんじゃないか、そんなふうにも思う。だとしたらまぎれもなくその行為はわたしにとってコミュニケーションではなく自傷で、屠られることを悦に浸っているだけ。わたしたちにあてがわれた裂けめは、なんて傷口に酷似しているのだろう。その傷は一生ふさがることもなく、ひくつき、ゆるやかに蠢いている。
誰のことも招いていない、翳った部屋。
汗で肌に貼りつこうとする服を、乱暴に引っぺがしてしまいたい衝動を抑えて一枚いちまい丁寧に脱ぐ。いつ見ても、中身が透けて見えそうな、柔な軀だと思う。
歯型がくっきりと残りそうな青く硬い桃のようだったのに、いつのまにか肉が軟らかくなり、尖りが埋もれていた。女衒のようなさもしい目つきで傷や曇りがないか点検する。ストッキングの跡で腹に紅い線が走っている。
寝なくてもわかるよ、と言ってくれる人が現れることをときどき考える。寝れば腑には落ちる。けれどそれは、すこしも堕ち甲斐の無い、浅くて杜撰な穴ぼこだ。
あのときキスのひとつもしないで東京に帰ったのは、ひとえに。あなたが手に入ってしまったら、要らなくなることが目に見えていたからでしかない。やさしくしないでほしい、愛想笑いも結構だ、媚びへつらいのたぐいがあなたのくちびるからのぼるのは耐えられない、慰めなんかもってのほかだ。曖昧に性を交わすくらいなら平手打ちの仕合でもした方がわたしたちにはずっとふさわしい。
ばちんと手のひらに肉の手堪えと奥歯の硬さを感じて、顔を顰めるところをわたしにだけ、見せて。
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