第6話 竜の巣とダンジョン攻略

〈6〉


 うへぇ、ドラゴンの巣かぁ……。


 あまりに巨大な竜の巣を前にわたしは呆然とするしかなかった。


 竜の巣と呼ばれるそれは幻生生物が地上に影響を及ぼすケースの中でも最も対処に困る類のものだったからだ。


 スライム達が幻生の存在を訴え、スラーリンがトールキン帯を発見するまでの間スライム達が人間達に幻生の存在を理解してもらう為に何をしたかというと幻生由来のトラブルを解決して回っていた。


 それまでは自然現象や超常現象だと思われていたそれらを解決していく事で、人間にもしかしてスライムは自分達に見えていないものが見えているのではないかと思わせていったのである。


 実際、人間に見えてないものがスライムには見えていたわけだけど、その事をわかってもらうのはとても難しい。スラーリンの発見から一気に世論がスライム側に傾いたのはそんな彼らの草の根的な活動があったからなのは言うまでもない。


 わたしもそんな草の根スライムの活躍のお話が大好きだった。

 小さな頃からその手の幻生トラブル解決をまとめたスライムの本も沢山読んだ。

 その中でも最も厄介な幻生トラブルと書かれていたのが竜の巣なのだ。


 ど、どうしよう。


 わたしが焦っているとお妙さんがそんなわたしを不思議そうに見つめてくる。

 かなり軽い気持ちで来てしまったけど、とてもじゃないけどこんなのわたしの手に負えない。一応わたしも幻生トラブルというものを一度だけ解決した事があって、それは大学のキャンパスで盗みを働くゴブリンを懲らしめたというものなのだけど、それとこれとはトラブルの規模が違う。


 例えるならばスズメバチの巣を駆除しに来たら熊に遭遇してしまったスズメバチハンターのような気分である。

 ハンターはハンターでも本物のハンターじゃなきゃ無理。まさに次元が違う。


「さ、モモちゃん。そろそろ戻りましょうか」


 お妙さんがわたしに声を掛ける。


「……」


 せっかく日本まで来たのに何も出来ずに帰るしかないのだろうか。


「ううん」


 物語の中のスライム達はどんな困難に直面しても決して逃げる事はしなかった。スライム対ドラゴンなんてまともに襲われたら勝ち目なんてないけど、ドラゴンは知的というイメージもある。しっかりと事情を話せば立ち退いてくれるかも知れない。


 とりあえず話だけでも。そう思って一歩竜の巣に進み出た時だった。



 ――その意気や良し。



 突如として足元の岩場が崩れわたしは中に転がり落ちる事になった。









 目を覚ますとそこは広い洞窟だった。


「うーんここは? お妙さん?」


 天井を見ると自分が落ちてきたと思われる穴から光が射し込んでいるのが見える。お妙さんの名前を呼ぶが返事は返ってこない。

 それならと今度は頑張って壁を登ってみるが、今度は天井がわたしから逃げる。


 明らかにちょっと変だった。

 そもそもあの場所の下にこんな広い地下空間がある事自体おかしい。


「これはあれかな」


 自分の置かれた状況にわたしは一つ思い当たる節があった。

 そして、少し進んで次のフロアに移ると意匠が施された人工的な空間へと移り変わる。例えるならばピラミッドの中とかそんな感じ。間違いなく自然に出来たものではない。


 通路は入り組み迷路となっている。


 もし群馬県が葛湯温泉の源泉の地下に大迷宮のアトラクションでも作っていたのではなければ考えられる事は一つしかない。


「もしかしてダンジョンってやつ?」


 トールキン線量の高い地域ではダンジョンと呼ばれる迷宮が生まれる事がある。葛湯温泉の地下にこんな巨大なダンジョンが出来ていたなんて。普通はここまで大きくなる前に誰かしら気づきそうなものだけど、ここはスライム不毛の地、日本である。ずっと放置され続けた結果ここまで肥大化してしまったのだろう。


 ダンジョンは自然発生するものではない。必ずダンジョンマスターと呼ばれるダンジョンを作った主がいる。トールキン線の高い線量に引き寄せられてきた力のある幻生生物がダンジョンマスターとなってダンジョンを作る事で初めてダンジョンは生まれるのだ。


 つまりこのダンジョンにも主であるダンジョンマスターがいる。

 そしてそれが先ほど源泉を覆っていた竜の巣の主である事は間違いない。


 考えてみればあの竜の巣だけでこれだけの温泉郷の温泉の供給が全て止まってしまうはずはない。先ほど見えていた竜の巣は氷山の一角でその地下には巨大なダンジョンが出来上がっていた。そのせいで温泉が止まってしまったと考える方が自然だった。


 葛湯温泉が再び湧き出るようにするにはこのダンジョンをどうにかする必要がある。それにここから抜け出る為にも攻略せざるを得ないだろう。


「まあ、ダンジョン攻略なんてした事ないけど」


 知識として知ってはいても実際に巻き込まれるのは初めてだった。ただ、わたしが読んできた物語の中にもダンジョンの話はいくつかあるのでそこに活路が見出せるかもしれない。


 とりあえずダンジョン系の話に共通する、ダンジョンに迷い込んだらこれをやっておけという鉄板行動をやってみる。

 自分がダンジョンに居るのかどうかを確かめる魔法の呪文。


「ステータスオープン」


 わたしが言うと、目の前の地面に青白い文字が浮かび上がった。





 花子(仮) 種族 スライム

 レベル1


 体力 運動不足


 力   1

 速さ  2

 防御力 柔らかい

 器用さ 渡哲也

 賢さ  バカ

 運   宝くじを連番で十枚買ったら三百円当たる程度



 おお、ステータスが出た。

「って、何よこのステータスは。レベル1って、そもそもわたしはモモっていう名前なんだけど」

 わたしが文句を言うと、ステータス画面が隣にもう一つ浮かび上がった。



 モモ 種族 スライム

 レベル1


 体力 運動不足


 力   1

 速さ  2

 防御力 柔らかい

 器用さ 渡哲也

 賢さ  バカ

 運   宝くじを連番で十枚買ったら三百円当たる程度

 声量  うるさい

 道徳心 なし

 対応力 疑問

 婚期  遅い





 やっぱりわたしの事を見てるんだ。


 ステータスはダンジョンマスターの心象だ。わたしが名前を伝えた事でちゃんとステータス画面の名前がモモになった。それ以外にもなんか追加されているけど。なんともまあ低く評価されたものである。というか婚期遅いとか余計なお世話だっつーの。


 とはいえステータス画面が割りとしっかりと書かれているという事はやはりわたしはダンジョンに招き入れられたと考えてよさそうだ。わざわざ招き入れるくらいなのだから対話の意思ありと考えていいだろう。


 そう思うとちょっと気持ちが軽くなった。


 どうやらステータス画面は消す事は出来ないらしい。表面を払ったり擦ってみたり色々してみたが消す事は出来なかったのでそのまま残して更に先に進む。


 入り組んだ迷路に数々のトラップ。ダンジョンというだけあってただ単に迷うだけでなく様々な仕掛けが施されていた。


「でも、これって」


 滑り台を下りながら次に岩のジャングルジムを見つけて呟く。

 先ほどわたしはアトラクションという例えを出したが、それもあながち間違いではなくこのダンジョン自体が巨大な遊具だった。


 沢山のトラップも危害を加えようという意図はなくむしろ安全性に配慮されている。先ほど転がってきた大玉などは触ってみれば発砲スチロールで出来ているように軽いもので、溶岩もただの着色された泡立つ水だった。


 このダンジョンは迷いこんだものを殺す為のものではなく楽しませる為のもの。

 なんならそこに愛すら感じられる。

 そして、そこに残されたステータス画面。





 マメゾー 種族 スライム

 レベル1


 体力   病弱


 力    2

 速さ   1

 防御力  柔らかい

 器用さ  針に穴を通せない

 賢さ   まだ九九が出来ない

 運    賭博をするのは危険なレベル

 道徳心  そこそこ

 落ち着き あり

 好き嫌い 多い

 食欲   小食



 マメゾー 種族 スライム

 レベル3


 体力   ちょっと増えた


 力    4

 速さ   2

 防御力  柔らかい

 器用さ  刺繍がうまい

 賢さ   九九が五の段まで出来るようになった

 運    道でお金を拾った事がある

 道徳心  でも交番に届けた

 落ち着き あり

 好き嫌い 嫌いな野菜が少し食べれるようになった

 食欲   小食





 マメゾー

 レベル5 種族 スライム


 体力   少し元気になった


 力    7

 速さ   5

 防御力  柔らかい

 器用さ  巾着が縫える

 賢さ   九九も完璧

 運    ジャンケンで三回に一回勝てるようになった

 道徳心  でも三回に二回は負ける

 落ち着き たまにイタズラする

 好き嫌い 嫌いな野菜が更に食べられるようになった

 食欲   最近よく食べるようになった






 マメゾー

 レベル10


 体力   とても元気


 力    15

 速さ   9

 防御力  柔らかい

 器用さ  ボタンも付けられる

 賢さ   クラスで一番になった

 運    二回連続アイスの棒で当たりが当たった

 道徳心  でも一回しかアイスを貰いに行かない

 落ち着き 実は結構やんちゃな所もある

 好き嫌い 好き嫌いなく食べる

 食欲   旺盛





 ダンジョンの地面や壁にはこのダンジョンを攻略していたと思われる誰かのステータスが無数に残されていた。


 進んでいく内にそれは主に一人のスライムで、どうやら子供だったらしいという事が分かってくる。奥に進めば進む程ダンジョンに刻まれたステータスのレベルもどんどん上がっていく事からダンジョン攻略はそれなりの期間をかけて行われていたらしい。


「マメゾー……か」


 それがスライムの名前。


 わたしが怪訝に眉を寄せながら更にダンジョンの奥へと進んでいくと、ある地点からそれまで冷蔵庫に張られたシールのように雑多に貼り付けられたステータスがぱったりと姿を消す。


 そこから先はひたすらに入り組んだ迷宮が続いていった。

 相変わらずトラップは安全性に配慮した張りぼて。


「このダンジョンって一体……」


 入り組んだ迷宮を抜け、数々の張りぼてのトラップを抜けた先にわたしはついにゴールに辿り着いた。


 そして息を飲む。


 巨大なドーム状の空間の中心にこれまた巨大なドラゴンが鎮座していた。

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