第6話 戦え!僕らのマジカルヒーロー
という訳で。
「そこまでだ!」
勇気を振り絞って、今まさにバスを押しつぶさんとする巨大なムカデに指を突き付けて叫ぶ。
「クケケケ?」
何処から発声しているのかわからない、金属音のような音を出して妖バグが振り返る。
ポイラッテに急かされ、とりあえずこの場所に駆け付けたものの、自分は戦う術を知らない。今のところ、服装が変わっただけだからだ。
武器を取り出せば、体が勝手に動くから大丈夫だと彼は言った。武器は一定の動作と共に名乗りを上げる事でパスワードロックが外れ、異次元から召喚されるらしい。「何それカッコイイ」と思ったのもつかの間、何と叫べばいいのかを問うたユウは絶望した。
ポイラッテが誇らしげに言ったのだ。
「己を鼓舞できる言葉であることが望ましいから、このノートの見開きに書かれていた言葉をパスワードとして設定しておいたよ」
――
漆黒に闇を被せるとか、黒過ぎるのにも程がある。だが武器を呼び出すためにはこれを名乗らなければならない。正直妖バグと対峙する恐怖より、羞恥で死にそうだ。
躊躇している間に、妖バグは自分に向かって今まさに襲い掛からんとする。ポイラッテの再三の叫びに唇をかみしめると、ユウは印を結び、声の限り叫んだ。
「
両手の甲にドラゴンの紋章が青白く浮かび上がる。
それにユウが「あ、ちょっとカッコイイ」と
握った瞬間、湧き上がる自信。
自分は戦士だ、「戦える」という思いが一気に刀から隅々まで行き渡り、弱気な自分は消し飛んだ。
妖バグの巨体が真上から圧し掛かって来る風圧を感じると、頭で考える事も無く体は勝手に大きく後ろに飛びずさり、くるりと回転してスタッという小気味の良い音を立てて着地した。
同時に自分のいた場所に、大ムカデの巨体が落ちてアスファルトを大きく砕いてクレーターを作る。
「今度はこちらから行くぞ」
青い刃がその言葉に応えるように光を反射する。
両手で太刀を構えたまま、まっすぐ走り寄り、直前で大きくジャンプし振りかぶる。妖バグはのそりと体を起こし、硬い己の外骨格を鎧として受け流す素振りを見せた。
ザクリッ。
刀を持つ手に、得も言われぬ感触。形容するなら大きな包丁でスイカを切る感じに近いであろうか。
砲弾すら弾く虫の体を、難なく切り裂いたのだ。
妖バグは、今まで経験したことがない事に驚いたようだ。わしゃわしゃと多数の足をもがき動かし、切り裂かれた部位から汁をまき散らしながら暴れる。
巨体は暴れながら電柱を倒し、乗用車を弾き飛ばしてのたうちまわる。その破片が連鎖して倒れて来る電柱と鞭のようにしなりながら火花を散らす電線を華麗なステップでよけながら、土埃にまみれていく大きなムカデの姿を追う。
「早くトドメを! 逃げられる!」
暴れ狂う虫が周囲を破壊する音に負けず、ポイラッテの無駄に良い声はユウの耳に届く。
小さな破片は太刀で切り落とし、はじきながら、一気に妖バグに肉薄し、地面に縫い付けるように太刀を頭部に渾身の力で突き刺す。
縫い付けられた頭以外をしばしバタンバタンとのたうっていたが、やがて動きは止まり、空にすがるようにランダムに動きまくっていた足もやがて静かになる。
完全に動かなくなった事を確認すると、少年は大きく息を吐く、顔についた土埃を袖で拭い、刀を抜き取った。
再び両手の甲に青白く紋章が浮かびあがり、同時に刀はその姿を消す。
戦闘の轟音は消えたが、サイレンの音やヘリの音が耳に届きはじめる。
「いけないユウ、土埃が収まるまでにこの場を離れよう」
「え?」
「正体がバレてもいいのかい?」
多数のカメラやマイクを向けられ、妖バグは自分が倒しましたと喧伝するのも悪くないと思ってしまったのだ。一躍ヒーローである。
だがこの服装、そしてこれが己の記した黒歴史ノートから構築された事を思い出す。
――アレの存在が全世界に知られたら死ねる……。
ユウは多少の後ろ髪を引かれはしたものの、ポイラッテの指示に従って誰にも見つからないようにその場を後にした。
そんな風に色々な思いを巡らせながら立ち去るユウと一匹を、ビルの屋上から一人の男がお約束のごとく見下ろしていたという。
そして更に、その男を見つめるように更に高い鉄塔の頂点に更に一人の男が立っていたりしたのである。
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