第二章 いつもピンチは突然に
第1話 葛藤
足早に戦いの場から立ち去る途中で、ユウは元の制服姿に戻っている事に気付く。
「あれ? 戻る時は何もしなくていいのか」
あのいで立ちを誰かに見られたら顔から火炎放射する事は間違いなかったので、戻ってくれたのは有難い。
しかし学校に遅刻するのは確定で、遅れた上に土埃に汚れた制服で行けば悪目立ちする。極力目立ちたくないユウの選択は、途中で
「ユウ、僕を運んで欲しい」
気づけば先ほどまでフヨフヨ浮きながらついてきたポイラッテが、かすれるような声でフラフラと地面に落ちていく。ズシャアッという効果音でポイラッテの顔がアスファルトですりおろされた事を知る。
「お、おい大丈夫か!?」
「すまない、さっきの戦いで力を使いすぎたみたいだ」
「あれは、おまえの力も消費するのか!」
「詳しい話は君の家でしよう」
ユウは周囲を見渡し、誰も見ていない事を確認すると、ファンシーカラーの巨大ハムスターを通学に使っているボストンバッグにぎゅむっと詰め込んだ。
「ちょっ、ユウくるし……」
「十分ぐらいだから我慢してくれ。こんなファンシーな生き物を抱えて歩けないからな」
颯爽とボストンバッグの肩紐を肩にかける。デブ猫ぐらいの重量がずしりと肩に紐を食いこませた。
「重っ!」
マシュマロボディに相応しい重量に辟易しながらも、ユウは自宅のマンションに帰り着く。母が丁度パートに出かける所で、玄関で鉢合わせ。学校に行っているはずの息子の姿に、くりくりした茶色の目を見開く。
「あら!? ユウどうしたの」
「栄町の方で妖バグに出くわしちゃって。すぐに避難したんだけど土埃をかぶっちゃったから帰って来たんだ」
「まぁ......! 無事でよかった。怪我はないのかしら。母さん、これから仕事に出かけるけど大丈夫?」
恐怖で落ち着かないのではと母が気遣いを見せてくれたが、ユウは笑って手を振る。
「子供じゃないんだから大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ。怪我はないけど汚れちゃったから」
「そう……? なるべく早めに帰るから。何かあったら電話しなさいね」
「うん、行ってらっしゃい」
母は閉めかけていた玄関を開けてユウを誘い、自身は速足で出かけて行った。その姿が見えなくなったところで、玄関に投げ置かれたバッグからポイラッテがずりずりとこぼれ出ながら、愚痴のように呆れ混じりの言葉を発する。
「災害があろうと戦争が起きようと、仕事や通学を続ける日本人の気質は地球人の中でも結構特殊だと思うんだ」
「まあ、それは確かに」
近隣の市に妖バグが出たというニュースを見たというのに、ユウも普通に通学をしようとしていたし。妖バグが出たら海外では数週間は被害地域のすべての機能が停止する。だが日本はそういう事もなく、破壊された町も速攻で復旧する。そのためか近年、妖バグはやたらと日本に集中して出るようになっていた。
それで思い出し、慌てて学校に欠席の連絡を入れてテレビをつける。
どのチャンネルも速報のニュースで構成されていた。
『本日、初めて二匹目が同時に出現するという事態に、政府は対応を急いでいたところ、栄町に現れた妖バグが何者かによって駆除されました! 避難したバスの乗客によると黒い服の少年であったと……』
倒す術がないと思われた妖バグが倒された事により、キャスターも興奮気味に情報を繰り返し流し、何処かの大学教授がコメンテーターとして出演しつつまるで明後日の解説をしたり。しばらくユウは、自分の成し遂げた偉業の実感を得るように、ずっと立ったままテレビに見入っていた。
妖バグの死骸を入手する事ができたため、忌避剤や殺虫剤の開発も可能になるのではという久々の明るいニュース。
あれを自分が倒したという高揚感が満ちる。
言いふらして自慢したいような気持ちはあるが、過去を掘り起こされるのは嫌だという思いの板挟み。
そんなユウの心情を察したのか、ポイラッテは結論から先に言う。
「君がマジカルヒーローであることはバレてはいけない。僕たちの存在もバレてしまうからね。君の部屋は何処だい? 詳しい話はそこでしよう」
彼の真剣なまなざしに緊張感が高まったユウは、テレビを消すと流れるようにポイラッテをひょいっと抱え上げ、奥の自室に向かった。
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