第5話 ヒーロー誕生


「いてて、何か誤解があったであろうか……」

「キスって何だよ! 婚約者ってなんだよ!」


 短い手で必死に頭頂部をさするポイラッテであったが、その小さな手は殴られた所には全然届いておらず、恨めし気にユウを上目遣いで見つめる。


「言葉の通りだ愚か者め。別の惑星の生物に直接力を与える事は禁止されているのだ。唯一の回避策が婚約……つまり配偶者となる契約をする事により、ユウを地球人ではなく我々銀河の管理者側であるという体裁を整え、それでやっと力を公式に授ける事が出来るのだ」

「……俺とおまえが婚約すんの?」

「あくまで便宜上だ。結婚して将来幸せな家庭を築きましょう、などという地球上の常識は当てはまらない。安心せよ、寝込みを襲って既成事実を作ったのち、責任を取って結婚して欲しい等とは言いださない。新婚旅行にはアンドロメダ銀河が良く見えるホテル、素敵なアリザカス星系のプリンスクラウンのロイヤルスイートは今時のナウなヤングの憧れだな。おっとこの星系はまだ地球人は発見していないのだった」


 何故だか具体的に語るハムスターが怖い。多少なりとも考えてなければ出るはずのない台詞だからだ。


「それ以前に同性じゃないのか、おまえオスだろう」

「地球の常識を当てはめてもらっては困るな。そのような性差というものは我々には関係ない。つまり雌雄関係なく婚約も結婚も可能だ。まあ地球の概念を当てはめるなら、僕はオスにあたる。おそろいだな!」


 もう一度手刀を叩きこもうとした瞬間、下から突き上げるような振動と地響きと共に、遠くに土煙が上がったのが見えた。


「な、妖バグ……!? 今日は別の場所に出ているはずじゃ」

「しまった、ついに二匹目を同時に動かせるようになったか。このままでは三匹目も時間の問題……早く数を減らさなければ。ユウ、頼む。地球を救う手立てはマジカルヒーローの存在だけなんだ」

「ま、マジカルヒーロー? 何なの、そのメルヘンな名前」


 ポイラッテはユウの黒歴史ノートをスッと掲げる。


「これに書いてあった用語を当てはめさせてもらった。地球の言葉に該当する言葉がなかったからな」

「ぐぅっ!」


 己の過去の語彙力のしょぼさにユウは苦悩する。


 遠方から聞こえる破壊の音は鮮明で、間違いなく妖バグが破壊する半径一キロメートル以内にこの場所はある。

 避難勧告のサイレンが鳴り響きはじめ、ユウの足は震える。


「ユウ、君だけが頼りなんだ」


 真剣な黒目がちなげっ歯類の眼差し。潤んだように揺れるそれは縋るようで、頼りなげに甘える。


「……わかった」

「ありがとうユウ!」


 その台詞とほぼ同時に、げっ歯類は熱い口付けを少年に叩き込む。擬音を付けるなら、ブッチューーー! といった感じ。

 ユウは思いのほか深い口付けをしてきたメルヘンハムスターを強引に引き剥がして地面にたたきつけるようにしながら口を拭った。その瞬間。


 光が満ちた。


「なっ……!」


 周囲は虹色に光り輝き、周りの風景を溶かすと同時にユウの紺色のブレザーの制服も溶けるように光と同化し、残るのは白い光と化した少年のシルエット。やがて光の帯が彼の体に巻き付き始め、新たな衣装を構築する。


「やったぞ! ついに地球を救うマジカルヒーローが誕生した! 共に妖バグと戦おう、ユウ!」


 ポイラッテが地面にぺったりくっつきながらも、ぐっと手を握りこみ会心の笑みを浮かべる。


 光が収まったそこにあったのは、全身黒ずくめ。

 ユウの黒歴史ノート十六ページ目に鉛筆で描かれた、”前世の俺の姿”であった。

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