#20 砂漠の屋敷での一夜
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砂漠の屋敷では、ダナが言ったとおりキファーフが待っていてくれた。彼はリリアナが連れ去られそうになった時、生きた心地がしなかったと、彼女のへの思いのたけを語る。リリアナもまた、彼への愛を口にして互いへの思いを確かめ合うのだった。
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その砂漠の屋敷は王宮からほど近い砂漠の入口にあった。王宮や離れと同じ石造りだったが、質素ともいえる素朴さだ。しかし夕日に照らされたその建物は、どこかほっとするムードをかもしだしていて、迎えの車からおりたリリアナはすぐに心惹かれた。
アバヤをまとったリリアナを、執事のような男性が奥まった部屋に案内してくれる。一つのドアの前に立ち止まり、ノックをしてからドアを開けた。
広い部屋の奥に、黒髪の男性がひとりたたずんでいた。その姿を見てリリアナの胸はいっぱいになる。
「キファーフ……」
ふりかえったキファーフが、大またで彼女に近づいてきた。
「リリアナ、元気になってよかった」
リリアナは胸がつまってしばらく言葉が出なかった。
「あなたも無事で、よかった……。本当にごめんなさい」
「きみが何をあやまるんだ?」
「ダナのことを……」
「あれはきみの責任じゃない。レイラーたちが画策したことだ」
そう言いながらも、彼は眉間にしわをよせた。
「しかし、たしかに私は死ぬほどの苦しみを味わった」
「え?」
キファーフは何も言わず、手を伸ばしてリリアナの頬にそっと触れた。その瞬間、おぼえのある香りが鼻をかすめた。スパイシーでほんの少しだけ甘さを感じさせる香り。病室で夢を見ているとき、部屋に漂っていた香りだ。あれは本当にキファーフだったの?
「きみがアムルたちに連れ去られそうになったとき、とても生きた心地がしなかった。たとえ彼らがきみに危害は加えないと知ってはいても。あれほどつらいことはなかった」
「それはどういうこと?」
「あの瞬間、きみを誰にも渡したくない。自分だけのものにしたいと思った」
「本当に……?」
「私はこれまでずっと国のために生きてきた。結婚も国のためになる相手とすることにためらいはなかった。だからダナとバクルの結婚を認めるわけにいかなかった。しかしいまは妹の気持ちがよくわかる」
「ダナはバクルと結婚できることになったのね。とても幸せそうだったわ」
「ああ。この上なく幸せなんだそうだ」
彼はしばらくリリアナの目を見て言った。
「以前アメリカで殺された親友は、恋人だった女性を守ろうとして、他の男から射殺されたと聞いた。そのときはなんてばかなことをと思った。一人の女性のために命を投げ出すなんて。しかし彼のこともいまならわかる。彼はその女性を愛していたんだ。命を捨てても惜しくないほど」
「キファーフ……」
リリアナの目に涙があふれる。
「私もきみを守るためなら、命を投げ出しても惜しくない。きみを愛しているんだ」
これこそ私が望んでいたことだわ。この言葉をキファーフの口から聞けるなんて。
「キファーフ、私もあなたを愛しているわ。砂漠ではずっとあなたを見ていた。どうか無事でいて、私のところに戻ってきてと祈っていたの」
「リリアナ……」
キファーフはリリアナの体に腕を回すと、きつく彼女を抱きしめた。
「リリアナ、これを」
キファーフがリリアナの手をとって、何か小さな物を握らせる。手の中に入れられたものを見て、彼女は大きく息をのんだ。
「持っていてくれたの……」
そこには小さなばらの形をした石があった。
「戦っている間、きみがそばにいてくれると感じていた。何としてもきみのところに戻らなければならないと、ただそれだけを考えていた」
「キファーフ……砂漠のばらが、あなたを守ってくれたのね」
「ああ、そうかもしれない……しかし、きみの存在はそれ以上だ。みずみずしく清らかで凛としていて、過酷な環境に立ち向かい決して枯れることのない花のようだ」
彼の声はなんて美しいのだろう。リリアナは彼の胸に頭をあずけ、うっとりとその声を聞いていた。
キファーフは彼女の体を離すと、片膝を折ってひざまずいた。リリアナは驚いて彼の顔を見つめる。
「きみはここにいるあいだ、ラフィーブのことを理解しようと努力してくれた。だから今度は私がきみたちの流儀できみに結婚を申し込む。リリアナ、私と結婚してほしい。兄や国王に言われたからではない。国のためでもない。きみを愛しているから、これからの人生をともに歩んでほしい」
「ええ。あなたがいてくれたら何もこわくないわ。世界のどこにいても」
キファーフはゆっくりと立ち上がって、彼女の耳元でささやく。
「リリアナ、ありがとう」
ビロードのようなやわらかな声がリリアナの耳をくすぐる。その唇が彼女の唇に近づき、しっとりと合わさった。リリアナは幸福感に酔いしれながら、キファーフからのキスを受け止めた。長いキスのあいだに、リリアナの頭の芯はしびれ、立っていることすらむずかしくなる。キファーフが体を少し離して、小さな声で言った。
「リリアナ、きょうここには私ときみの二人だけだ。今夜ひと晩を一緒に過ごしてくれないか?」
砂漠の王子と砂漠の城でひと晩を過ごすなんて、まるで夢のようだ。リリアナの心は震えた。
「ええ、いいわ。キファーフ」
「ありがとう。リリアナ」
キファーフはリリアナのヒジャブにそっと手をかけて、器用にはずす。髪がすっかりあらわになると、そこに手を差し入れて顔を自分のほうへ引き寄せた
「きみの髪はとても美しい」
リリアナも手を伸ばして彼の漆黒の髪をそっと撫でた。
「私もあなたの髪が大好きだわ」
二人はふたたび唇を合わせた。
キファーフの指がアバヤのボタンをひとつずつはずしていく。肩のところのホックをはずすと、アバヤはするりと床に落ちた。
水色のワンピースを着たリリアナを、キファーフは軽々と抱き上げた。
部屋は二間続きになっていて、奥の寝室の隅には天蓋付のベッドがあった。外はもうすっかり日が暮れていて、薄物の布におおわれた寝台を窓から入ってくる月明かりが照らしている。あまりに官能的な光景にリリアナは息をのんだ。
キファーフはリリアナをベッドに腰掛けさせると、ワンピースの背中のファスナーを降ろし、そのなめらかな肌に手をはわせた。首筋から胸をやさしくさぐる手にリリアナが熱い吐息をもらすと、彼は体を離して服を脱いだ。
浅黒い肌、たくましく厚い胸板。リリアナの胸の鼓動はさらに速くなった。
キファーフは待ちきれないというように、彼女の残りの衣服を取り払うとベッドに押し倒した。
重ねられた体は熱く、リリアナは素肌が触れ合う心地よさをむさぼるように、彼の首に腕を回して体を密着させようとする。この上なくぴったりくる二人の体。キファーフもそれにこたえ、きつく彼女を抱きしめたまま、唇から首筋、そして胸元へとキスの雨を降らせた。彼の唇が乳房に触れたとたん、リリアナの体を熱いものが走り抜け、思わず体をのけぞらした。
「リリアナ、とてもきれいだ」
キファーフの声が聞こえたが、リリアナは返事をするどころではなかった。彼の大きな手で腰から太ももをなでおろされると、全身に甘い刺激が広がる。ぴたりと体がくっついていても、まだ足りない。リリアナは脚をキファーフの腰に絡めてきつくしめあげた。
キファーフが欲しい。早く入ってきてほしい。リリアナはそれしか考えられないほど、気持ちがたかぶっていた。
「ああ、キファーフ! お願い、もう……」
がまんできなくて懇願の言葉が口をつく。
「リリアナ」キファーフが吐息でささやいた。
「愛している。きみは誰よりも美しい」
そして彼は彼女の望んでいるものを与える。
「ああ、キファーフ。私も愛してるわ」
キファーフに突き上げられて、目の前が明るくなる。高いところから落ちていくような感覚に包まれて、リリアナは思わずキファーフにしがみつくと、キファーフも彼女をしっかりと抱きしめてくれた。
レースのカーテンから朝の明るい光が差し込んで、リリアナは目を覚ました。すぐ横で黒曜石のような輝く瞳が彼女を見つめていた。
「キファーフ、起きていたの?」
「ああ、きみの寝顔を見ていた」
「……恥ずかしい」
リリアナはほほが熱くなるのを感じた。
「本当のことだ」
まっすぐに彼女を見つめる黒い目にはあたたかさがあふれ、リリアナはすべてをゆだねて安心していられる。これほど美しく、これほど誠実な男性と生きていくことができる。リリアナの胸は喜びで震えた。
キファーフはゆっくり体を起こすと、白い薄手のガウンをはおって立ち上がった。そしてリリアナにも同じものをかけさせて窓辺に導いた。
キファーフがカーテンを開けると、目の前には壮大な砂漠が広がっている。リリアナは思わず息をのむ。
そんなリリアナをうしろから抱きしめて、キファーフは耳元で言った。
「私たちがこれから生きていく世界だ。本当に私についてきてくれるか?」
「ええ、あなたがいる場所が、私が帰る場所だわ」
「リリアナ、ありがとう」
ビロードのようなやわらかな声がリリアナの耳をくすぐる。その唇が彼女の唇に近づき、しっとりと合わさった。リリアナは幸福感に酔いしれながら、キファーフからのキスを受け止めた。
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