#19 つのる思い

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無事にラフィーブに戻ったリリアナ。安静を命ぜられ病院で寝ているとき、ダナが見舞にやってきた。彼女もバクルと幸せになれそうだ。そしてリリアナがアメリカに帰る前に、砂漠の屋敷に招待するという。そこでキファーフが待っていると……。


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「まったく無茶をする。知らせを聞いたときは生きた心地がしなかったぞ」

 外国人専用の病院のベッドで寝ているリリアナの横で、アレックスが苦虫をかみつぶしたような顔で言った。

「ごめんなさい……」

 リリアナはしおらしく謝罪した。なにしろ外国人が王女を国外に逃がすのに手を貸そうとしたのだ。国際問題になってもおかしくない。

「レイラー嬢やパリーサ嬢が、無理やりおまえを巻き込んだと言い張っているし、結果的にラフィーブ国や王室にとって有利な状況になったから事なきを得たが……」

 ダナとバクルを逃がそうとしたあの日、ラフィーブの隣国ハルーシュで、政府の抑圧に耐えかねた市民が反乱を起こした。砂漠の民の一部がハルーシュの政府要人であるアムルたちを見つけて追いかけてきていた。あとから現れた大群は、反乱を起こした市民軍だったのだ。

「アレックス、結果オーライだよ。あのアムルとやらが拘束されたところを、リリアナが撮影していたおかげで、スターTVは大スクープをつかんだんじゃないか。一国のクーデターの一端をカメラに収めたんだぞ。リリアナの大手柄だ。ダナ王女だって国外に逃げる必要はなくなった。ラフィーブの保守派もおとなしくなった。おれたちにとっても、ラフィーブ王国にとっても悪いことはない」

「ステイシー、それはあくまで結果論だ」

「かなり危ない橋だったのはたしかだが、結局はおまえさんだって、リリアナが撮った映像を利用したんだ。ラフィーブ取材は大成功。アレックス・マッキンリーの評価はさらに高まった。リリアナが悪いというなら、おまえさんも同罪だ」

 アレックスの眉間に、さらに深いしわが刻まれた。

「すんでしまったことはしかたない。でもこれから帰国まではくれぐれも自重してくれよ。本当は一人残していきたくはないが……」

「ええ、もちろん。病院にいる限り、常に監視されているようなものですもの。それにけがは単なる打ち身よ。痛みが取れたらすぐ帰国できるわ」

 リリアナは馬から落ちたとき、全身を強く打ったが、幸いなことに骨折はしていなかった。それでも精神的なショックもあるだろうし、回復には一週間ほどかかると医師は診断した。また、ある程度の事情聴取は避けられない。それでアレックスたちはもともとのスケジュールどおり先に帰国し、リリアナは静養ののち、遅れて帰国ということになったのだ。

「それにしても豪勢な部屋だなあ。外国人専用の病院だからかもしれないが、ホテル並みじゃないか」

 ステイシーがまわりをぐるりと見回して、しみじみと言う。テレビや電話はもとより、見舞客用のためのソファセットまで備えられていて、たしかに病院というよりホテルの一室にいるようだ。窓辺にはアレンジされた豪華な花束が飾られている。

「あの花、国王夫妻からなんだろう? ずいぶんとまた気を使ってくれたものだな」

「ええ、とてもありがたいわ。でもなんだか申しわけなくて……」

「表向きは、リリアナは何も知らないうちに事件に巻き込まれていたということになっているからな。大切な客人をこんな大事に巻き込んだということで、たいへん心を痛めておられる。しかし国王夫妻だってだいたいのことはわかっているだろう。それでもおまえの味方だということを示そうとしてくださったんだ。感謝しろよ」

「本当ね」

 リリアナは兄の顔を見た。口では厳しいことを言っているが、心から妹を心配しているのが目に表れている。故国で知らせを聞いた両親は、どれほど心配しただろう。

「ダナとバクルはどうなるのかしら」

 リリアナが小さな声でぽつりと言った。ハルーシュの反乱のかげに隠されてしまった感はあるが、あの二人のこともまだ解決していない。あまり厳しい措置がとられなければいいけれど。何よりも、あの二人が引き裂かれるようなことには絶対なってほしくない。

「ああ、国外逃亡しようとしたのだから、おとがめなしというわけにはいかないかもしれないが、きっと大丈夫だ。シャーキルも、できれば穏便にすませたいと言っていた。何よりも妹であるダナ王女の幸せを願っている。悪いようにはしないさ」

「そうだといいわね」

「おまえはまず他の人の心配より自分の心配だ。体を治すことに専念して、元気になってアメリカに帰ってこい」

「ええ、本当にそうだわ。ごめんなさいね、心配かけて。でも今回の取材は、私にとってとても大きな経験になったわ。連れてきてくれて本当にありがとう」

「リリアナ……」

 アレックスはいとおしそうに妹を見つめ、励ますように肩をぽんぽんと叩く。

「それじゃ、僕らはこれで行くよ。あとはラフィーブ王室が面倒を見てくれる。何も心配することはない。アメリカで待っているよ」

「ああ、少しゆっくりしていくんだな。おまえさんが撮った写真やらビデオやらは、おれが持っていく。きっとすごい番組ができるさ」

 ステイシーはウィンクをしてにやりと笑う。

 二人が出て行ってしまうと、病室は静寂につつまれた。

 リリアナにはもう一つ、どうしても知りたいことがあったが、それは口にできなかった。

キファーフは? 彼はどうしているの? 

無事だとは聞いたけれど、あの日から顔を一度も見ていない。病院に運ばれて気持ちが落ち着くと、彼に会いたくてしかたなくなった。でももう彼には二度と会えないのだろうか? 

 

 夕食が終わり、消灯前に医師がようすを見にやってきてくれた。外国人専用の病院なので男性医師もいる。その日の担当は年配の男性医師だった。

「あまり食欲がないようですね」

「ええ。動かないですし、それほどたくさん食べたいとは……。でも、食事はとてもおいしいです」

「それはよかった。少しずつでも、食べられれば心配はありません。あと睡眠はどうですか?」

「それも、あまり……。一人でいると、いろいろ考えてしまって」

「慣れない外国で二週間も過ごしたんです。やはり緊張していたんでしょう。そして大きな出来事にまきこまれた。自分で思われている以上のストレスがかかっています。少し睡眠薬を処方しましょう。就寝前に飲んでみてください」

 その夜、医師のくれた薬のせいか、あれこれ考えずに眠りにつくことができた。穏やかな夜の砂漠のイメージが夢の中に表れる。月明かりに照らされたテント。ゆっくりと砂丘を歩くらくだ。ああ、なんてすばらしいところなんだろう。私はこの砂漠に魅せられた。そして砂漠の王子にも。でも彼はいったいどこにいるの? 

 そのとき頬をそっとなでられた気がした。目を開けようとしても、まぶたが重くて動かない。

「だれ……?」

「ゆっくり眠るといい。私はここにいる」

「……キファーフ」

 これは夢ね。彼がここにいてくれるなんて……。ふわりと空気が揺れたかと思うと、アメリカの香水にはない、スパイシーな香りがかすかに鼻をくすぐった。


 翌朝、リリアナは夜がすっかり明けてから目をさました。これまではひと晩中、うとうとして、すっきり目覚めなかったのだが、久しぶりに深く眠ったような気がする。体を起こすと全身の痛みもだいぶ引いている。これならまもなく帰国できるかもしれない。

 その日、医師の診断を受けたところ、痛みが取れているのなら、あと二、三日のうちに退院できるだろうということだった。リリアナはほっとすると同時に、小さな痛みが胸の中に生じた。

ゆうべ、あんな夢を見たせいよ。キファーフが出てくるなんて、私はそれほど彼を恋しいと思っているんだわ。彼を思うと胸が苦しくなる。私はもうすぐここを去らなければならないのに。なんとかしてもう一度、会うことはできないだろうか。会って何を言いたいのかわからない。でも、会いたいという気持ちは止められない。

 リリアナが一人で悶々としていると、ドアにノックの音がした。

「はい」

 音をほとんど立てずにドアがゆっくりと開く。

「リリアナ」聞き覚えのある女性の声。

「ダナ!」

 リリアナははじかれたように、ベッドから出ようとした。

「だめよ、寝てなくちゃ」

 その声ではっと我に返る。

「ダナ、心配していたわ。あのあとどうなったのか、事情があまりわからなくて。こんなところへ来て大丈夫なの?」

「ええ。国王の許可も得ているわ。あなたを巻き込んでしまったお詫びを、きちんとしておきなさいって」

「お詫びだなんて」

 たしかに最初は何も知らされていなかったけれど、途中でダナを国外に逃がす計画だと知った。その時点で彼女たちから離れることはできたはずだ。それをしなかったのだから、私も彼女たちと同罪だ。けれどもそれをわかったうえで、国王はダナをここに差し向けてくれたのだ。

「国王とシャーキルに大目玉をくらっちゃったわ。パリーサとレイラーもね。でもあの二人はけろりとして、結果的にすべてラフィーブのためになったじゃありませんか、ですって」

「まあ」

 まるでステイシーのようなことを言う。

「それで、特におとがめはなかったの?」

「それなんだけど……」

 ダナは少し口ごもる。

「私、王室を離れることにしたわ」

「え? なんですって?!」

 リリアナは今度こそ飛び上がった。ダナが王族を? 

「勘違いしないで。地位をはく奪されるということではないの。もともと女は結婚したらラフィーブ王族ではなくなるの。私は地位も権力もない、ごくふつうの男性と結婚することに決めたのよ」

「バクルね」

「ええ」

そう答えるダナの笑顔は輝いていた。

「国王陛下が認めてくださったのね」

「ふふ、国外に逃げられるよりはいいと思ったんじゃない? アムルたちは市民に拘束されたわ。ハルーシュの首都はいま、市民軍が掌握している。今後、どんな展開になるかわからないけれど、ラフィーブにまで飛び火するようなことはないでしょう」

 ラフィーブは国王と王族たちが、国民の心をしっかりとつかんでいる。これで保守派の動きもおとなしくなるだろうし、ラフィーブ王室は安泰だろう。

「愛する人と結婚できるのね、ダナ。おめでとう。心から祝福するわ」

「ありがとう、リリアナ。あなたは私の特別な友人よ」

 二人は強く手を握り合った。

「ねえ、リリアナ。さっきドクターに聞いたら、二、三日ちゅうには退院できるんですって? そうしたら砂漠の屋敷に招待するわ。そこは完全にプライベートな家よ。ラフィーブの最後の思い出が病院なんてさびしいじゃない? ぜひ来てちょうだい」

「ダナ、ありがとう。私も砂漠にはもう一度、行きたかったの」

「よかった。あんな事件に巻き込んでしまって、砂漠がきらいになったらどうしようって心配していたわ」

「まさか。砂漠は私にとってラフィーブそのものよ。きらいになんてなれるわけない」

 そして砂漠の王子である彼のことも……。

「リリアナ、ありがとう」

ダナはそう言うと、にっこりと笑った。

 そしてリリアナの耳元に口をよせてささやく。

「キファーフがそこで待っているわ」

 その言葉に、リリアナの心臓は跳ね上がった。

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