#17 女性たちの大胆な計画

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リリアナはダナの友人でイギリス人と結婚しているという女性から、外国人の夫を持つ妻のティーパーティーに誘われる。そのときのダナの様子から、それはただのお茶会ではないと察するリリアナ。兄たちには気づかれないようさりげなく、記者の武器であるカメラやレコーダーを隠し持って出かける。


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 パーティの翌日から丸二日間、キファーフに会うことはなかった。それでかえって彼に会いたいという気持ちがリリアナの中で高まっていった。

 アレックスとステイシーは精力的に取材をしている。ラフィーブは知れば知るほど、新たな魅力が現れる国だ。もちろんリリアナも一生懸命、仕事に取り組んでいる。けれども、ふとした瞬間、キファーフのことを考えている自分に気づく。

 あと五日もしたら私はアメリカに帰らなければならない。その前にどうしても会いたい。いいえ、会わなければ。

 

 夕食後、取材した材料を会議室でまとめていると、ドアがノックされた。

「きょうは誰だ?」

 ステイシーが小声で言う。前に内務次官が押し掛けてきたときのことを思い出したのだろう。

「特に誰かが来る予定はないよな?」

「ええ」

「どちらさまでしょうか?」

「レイラーとダナよ」

高く明るい声が言った。

「レイラー?」

「お、あのつむじ風の奥様か」

 ステイシーがやはり小声で、しかしおもしろがるように言った。

 リリアナは急いでドアを開けた。華やかな化粧をしたレイラーとダナがそこに立っている。きょうは二人ともアバヤを着ていた。黒いアバヤを着ていても、二人の気品ある美しさで、周囲がぱっと明るくなるような気がする。

「これはダナ王女も」

 アレックスがにこやかに言う。

「お仕事のさいちゅうにごめんなさい。でも早くお話しておきたいと思って」

「何か重要なことですか」

 アレックスが顔を引き締める。

「ああ、そういうわけじゃないのよ。あしたの午後、リリアナを私たちの集まりに誘いたいと思っているの。ご都合はいかがかと思って」

「集まり?」

「ラフィーブには外国人と結婚している女性もけっこういるのよ。外国人を夫に持つ妻たちがときどき集まってお茶会をするの。それがあしたなんだけど、いらっしゃれないかしら」

 あしたは海辺のリゾート施設を取材する予定だ。リリアナはアレックスの顔を見た。

「それはおもしろい。リリアナ、そちらに同行させてもらえ。あしたは観光地の取材だ。僕とステイシーでどうにでもなる」

「え、ええ。そうね」

「ダナ王女のおかげで、僕らには入れない女性のコミュニティがあることを知りましたよ。彼女をよろしくお願いします」

 レイラーのうしろでダナが弱々しく笑う。彼女のそんな顔を見るのは初めてだ。何かあったのだろうかと心配になる。しかしレイラーは明るく言った。

「それじゃ、きまりね。二時ごろに迎えに来るからロビーで待っていてちょうだい」

「わかりました。お気遣いに感謝します」

 アレックスはすっかり乗り気だ。自分たちにはうかがい知れない世界の情報を、私が持ってくるのがうれしいのだろう。

 けれどもリリアナは素直に喜べなかった。ダナがほとんど話していないのが気になった。部屋に入ってからはレイラーがずっとしゃべり、ダナはめずらしく口が重かった。そしてどこか心細そうな顔をしていた。

 あしたは何かある……リリアナの心の中で緊張感が高まっていった。

 

 翌日の午後、リリアナは考えたすえにふだんの取材のときと同じように、シャツにコットンパンツを身につけ、アバヤをまとった。それとは別にビジネス用のスーツをバッグに入れる。外国人の夫を持つ妻の集まりというのが本当で、きちんとした格好をしなければならないなら会場で着替えればいい。

 そして小型のビデオカメラ、デジタルカメラを用意する。ステイシーにもらったボイスレコーダーはそっとパンツのポケットにしのばせた。

 ホテルのロビーで待っていると、思いがけずパリーサが迎えに来てくれた。きのうはいなかったのに……。

「レイラーとダナは車の中にいるわ。行きましょう」

 にこやかに笑いながらも何か不自然なものを感じる。やはり何かある。しかしリリアナは腹をくくってパリーサについていくことにした。

「あら、パリーサじゃないの」

 うしろから声をかけられて、パリーサがわずかに動揺したように見えた。

「アマスーメ。こんなところで会うなんて奇遇ね」

「ええ。私はちょっと人に会う用事があって。あなたは?」

「私はリリアナのお迎えよ。女性たちの会合にお招きしようと思って」

「そうなの。あなたがわざわざお仕事を休んでいくくらいだから、よほど大切な会合のようね」

「私はもとから休日よ。国立女性病院は休みを定期的にとることが義務になっているわ」

「……ああ、そうだったわね」

 二人の間に見えない火花が散っているようだ。

「それでは失礼。車を待たせているの。さあ、リリアナ、行きましょう」

「ええ。アマスーメ、さようなら」

「そうね。楽しんでいらして」

 粘るような彼女の視線を感じながら、リリアナはロビーを出た。アマスーメの姿が見えなくなると、パリーサは携帯電話で車を呼び出す。

「車を急いで正面玄関につけて。アマスーメとロビーで会ってしまったのよ。できるだけ早く町を出ないと」

 ものの一分もたたないうちに、車が目の前で止まった。リムジンではなくふつうのワゴン型の車で、運転しているのは女性のようだ。口元まで隠れるかぶりものにサングラスをしているので、いったい誰なのかわからない。パリーサはリリアナを押し込むように車に入れた。

「アマスーメがいたんですって?」

「ええ。彼女は私たちを警戒しているわ。たぶんすぐ内務次官に話が行くでしょう」

「それはまずいわね。とにかくまずは目的地に着くことだわ」

「レイラーよね?」

 リリアナが尋ねる。声をきいてわかった。レイラーが車を運転しているのだ。そして最後列にいたのはダナだった。

「ええ。そうよ。きょうは私たちにつきあってもらうわ。リリアナ」

「いったいどこに行くの? 外国人の夫を持つ妻の会なんて嘘なんでしょう?」

「さすがね。よくわかってるわ」

 パリーサが笑って言う。そこから彼女が事情を説明してくれた。

「ダナは砂漠の民の青年と以前から恋仲なのよ」

「ああ……バクルのこと?」

「ええ。あなたも砂漠に行ったときに気づいたでしょう? でもダナは一国の王女だし、自分勝手な結婚はできないと、それを言えずにいるの」

「わかるような気がするわ」

「おまけに隣国ハルーシュのアムルにしつこく求婚されている。ああいう男は切羽詰まると何をするかわからないからこわいの。アブドゥーン次官と通じているという噂もある。だからダナはずっと悩んでいたのよ」

「アブドゥーン次官と隣国の王族が?」

「ええ。どちらもラフィーブの近代化には反対というところで利害が一致しているわ。アムルはダナとの結婚を望み、アブドゥーン次官はキファーフとアマスーメを結婚させたがっている。ラフィーブの政治を動かすためにね」

「そんな……ダナやキファーフを利用しようとするなんて」

「それは珍しいことじゃないわ。でも私たちはダナには好きな人と一緒になってもらいたい。でもこのままではらちがあかないから、彼女とバクルと一緒に国外に逃がすことにしたのよ」

「ええっ! 国外に?」

「レイラーの夫がイギリス人だということは言ったでしょう? 彼は大使館にも顔がきく地位にいるから、イギリスのビザについては心配いらないわ。私たちはこれから砂漠の町でバクルに会うのよ」

「砂漠の町って、このあいだのオアシスがあるところ?」

「いいえ。また別の町よ。ここから一時間ほどで着くわ。その少し先にプライベートジェット専用の飛行場があるの」

 ようやくダナが口を開いた。さすがに緊張しているのか顔色がすぐれず口も重い。けれどもその目には覚悟が浮かんでいた。

「それならそこからイギリスに?」

「いいえ。直接は無理よ。まず入国が楽な近くの国まで飛んで、そこから渡欧を手配するわ」

 私は思っていたより大きなことに巻き込まれているみたい。リリアナは思った。するとそれを察したかのように、パリーサが言う。

「あなたまで巻き添えにしてごめんなさいね。でもどこでどんなじゃまが入るかわからないの。外国のテレビ局の社員であるあなたがいれば、たとえ次官でもハルーシュの王族でも下手な手出しはできないと思う。これは私とレイラーが勝手にしたことよ。あなたをだまして無理やり連れてきたことにするから許して」

「リリアナ、本当にごめんなさい……」

ダナも小声で言う。

 わざわざアレックスたちの前で私を誘ったのはそういうわけね。あれなら私も事情を知らなかったとあとで弁解できる。けれどもダナには好きな人と一緒になってもらいたいという気持ちは私も同じだ。そしてどこかわくわくする気持ちがあるのもたしかだ。

「ホテルでアマスーメに会ったのは計算外だったわ。とにかく追っ手を差し向けられないうちに二人をラフィーブから出さないと」

 車は急にスピードをあげた。

 

 そのころガルフ・インターナショナル・ホテルの一室――。

「パリーサがあのアメリカ人の娘を迎えに来ていたって?」

「ええ、パパ。彼女たちは以前からダナをあの砂漠の男と逃がそうとしているって噂があったわ。きっと何かやろうとしているはずよ。すぐアムルに連絡を取って」

「よし。もし国王やシャーキル殿下の監視下からはずれているなら、こちらにとってはチャンスだ。国外逃亡を考えているなら、行くところは限られている。すぐアムルに追わせよう。ダナ王女をそのままハルーシュに連れていってしまえばいい。国境を越えればラフィーブ王室といえどもうかつには手が出せまい」

 父親の言葉にアマスーメもうなずく。

「アムルの行ないでハルーシュとラフィーブの関係が悪くなれば、国王や外務大臣であるシャーキル殿下の政治手腕を問われることになる。これまで冷遇されてきた保守派が巻き返すチャンスだ」

 父親の政府への影響力が高まれば、私がキファーフと結婚するチャンスも大きくなる。どうしてもアムルにはダナを連れ去ってもらわなければ。

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