#15 市場(スーク)でのトラブル
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市場への取材は買い物を兼ねていたので、少しうきうきした気持ちになれた。しかしカメラマンのステイシーを追いかけていった先で、リリアナは女人禁制の祈りの場に迷い込んでしまう。男たちに気づかれて追われるリリアナ。わけのわからない状況に恐怖を感じたとき、キファーフが現れて……。
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翌日、リリアナとステイシーは取材のために市場(スーク)へと出かけていった。個人的な感情はどうあれ、仕事はしっかりやらなくては。むしろこういうときは仕事があるのがありがたいくらいだ。
リリアナはきのうからずっとキファーフのことばかり考えている。見合い騒ぎのせいで、逆に彼を一人の男性として強く意識してしまった。なんだか恋愛が自分以外のところで勝手に盛り上がって、勝手に終わっていったみたいだ。リリアナは心の中でため息をついた。
リリアナはきょうはアバヤをつけずに町に出た。ステイシーが一緒だったし、スークには外国人も多く、シャツにジーンズ姿の外国人女性も数多く歩いている。リリアナは長袖シャツにコットンパンツ。ただ日よけとして頭にヒジャブだけは巻いていった。
「おや、きょうはあの黒いのは着てかないのかい?」
ホテルのロビーで会ったとき、ステイシーが最初にそう聞いた。
「ええ。きょうは町中で観光客もいるでしょうから。アレックスはきょうは一日、部屋に缶詰めになりそうなの?」
ゆうべ遅く本社から緊急の仕事が入り、きょうは電話会議に追われそうだと言っていた。
「ああ。もうさっそく始まってるよ。会社はアレックスを過労死するまでこき使おうとしてるみたいだぜ。それも有能の証明みたいなものだが。まあ、きょうは二人でゆっくり回ろう。撮影できるところがどのくらいあるかわからないし」
「そうね。ステイシーと一緒なら心強いわ」
それは本当だった。少しがさつなところはあるけれど、世界のあらゆる場所を見てきた彼には、アレックスとは違うたくましさを感じる。
「そう言ってもらえるとうれしいね。おれも頼りにしてるよ」
「え? 何を?」
「かみさんと娘たちに何かみやげ物を買っていってやりたいんだが、おれじゃ女性が何を喜ぶのかさっぱりわからない。それでおまえさんにちょっとアドバイスしてもらいたくてさ」
「そのくらいまかせて。私もマイケルに頼まれているものがたくさんあるのよ」
「ああ。あいつのセンスは悪くないからな」
冗談を言いながらそんな話をしているうちに、リリアナの心は軽くなった。しかしステイシーが思い出したように言う
「きのうは災難だったな、リリアナ」
もちろん次官が押しかけてきて見合い話を暴露したことだろう。
「まさか国の役人まで出てくるとは思ってもみなかったよ」
「そうね」
「なあ、リリアナ」
ステイシーが急に口調をあらためて言うので、リリアナも身がまえた。いったい彼は何を言おうとしているのだろう。
「アレックスが知らないうちに見合いなんか計画したんで気を悪くしたかもしれないが、あいつだって悪気があったわけじゃない。おれもあのキファーフ殿下ならいい話だと思ったぜ」
「ステイシー……」
「おまえさんがあんなこと考えているとは思ってもみなかったから言うけど、別におれたちはおまえさんのことをばかになんかしていない。たしかに見てくれが目立って損してるかもしれないが、おやじさんとアレックスが厳しく育ててると思ってるよ。だから会社から追い出したくて見合いさせようとしたなんて考えるなよ」
ステイシーの思わぬ言葉に、リリアナの心は揺さぶられた。
「ステイシー、本当にそう思う?」
「ああ。昔のオーディションのことだって、親しみをこめた噂話さ。おまえさんはそれだけの美人で、親はテレビ局のオーナー。男にとっちゃ近寄りがたい存在だ。あれがなかったらもっとよそよそしくされてるだろう」
リリアナは呆然とした。これまでずっと他の人たちにばかにされていると思っていたのに、それはコンプレックスで自意識過剰になっていたということだろうか。
「私、そんなふうに考えたことなかったわ」
「もっと自信を持てよ。王子と似合いだと思うからこそ、まわりもやきもきするのさ。きのうのお役人みたいにな」
「あれは、ちょっとした誤解のような気がするけれど。キファーフははっきり国王夫妻に従うと断言していたじゃない」
「いやあ。まだひと騒ぎあるような気がする」
ステイシーがリリアナにぐっと近寄って声をひそめて言う。
「だからお守りにこれを持ってるといい」
ステイシーに渡された小さな物を見て、リリアナは首をかしげた。
「これは?」
「きのうのあの無礼な役人の言葉が入っている」
「ええ? まさかボイスレコーダー?」
「そのとおり。万一、厄介ごとに巻き込まれたときに役に立つ。こう見えて容量は大きいから、かなり長く録音できるぞ」
ステイシーはあの騒ぎのとき、あまり話していなかった。でもこっそりこんなことしていたなんて。
リリアナはぽかんとした。彼はいざというときのために、ややこしい会話は録音しておけと言っているのだ。リリアナも仕事用のボイスレコーダーは持っているが、それよりはるかに小さい。隠し持つには最適だろう。
「そんな恐ろしい事態が起こったら困るんだけど」
「だからお守りだって。世の中は何が起こるかわからないからな」
「ステイシーがそう言うなら持っているわ。これが役に立つようなことが起きないことを願ってるけど」
冗談めかして言い、リリアナはそれを受け取った。
「おれだってそう思うさ」
彼は肩をすくめてそう言う。きょうの彼は、まるで気のいい親戚のおじさんのように思える。胸にわだかまっていたことをぶちまけて、アレックスとも前より心が通じ合った気がする。けがの功名というものだろうか。
「ありがとう、ステイシー。私のことを心配してくれているのね」
「なに。仕事のパートナーじゃないか。つまらんことは忘れて仕事に集中してくれよ。きょうの第一の仕事は、みやげ物選びだ」
ステイシーは笑ってリリアナにウィンクした。
ラフィーブ最大のスークは、ホテルから十分ほどタクシーに乗ったところにあった。代表的な観光地なので、きょうはガイドもダナもいない。人が多いからという配慮で、ステイシーも小型のビデオしか持っていない。きょうはある意味、下見のようなものだ。これまで一週間、観光気分とは縁遠い取材だったので、少し息を抜きたいという思いもある。買い物をかねたスークの取材はタイミングとしてはちょうどよかった。
二人はまず生地のマーケットへ行き、さまざまな柄のスカーフを買った。黒のヒジャブだけでなく、街中にはモダンな柄やユニークな色使いのものもある。
「なるほど。軽いからみやげ物としてはいいかもな」
「ええ。それにどれも柄がすてき。アメリカにはちょっとないものばかりだわ」
ステイシーもその色の組み合わせや種類の豊富さに、感嘆していた。
生地の店を出ると、リリアナは言った。
「私は香水やアロマを見に行きたいの。マイケルに頼まれたものがあるから」
「香水か……」
「たしか苦手だったわよね」
「ああ。香水売り場に行くだけで鼻がむずむずしてくる」
「それなら、しばらく別行動にする? できるだけ早く出てくるようにするわ」
それを聞いてステイシーはにやりと笑った。
「そんな急ぐ必要ないぜ。おれは女性から買い物の楽しみを奪うような、野暮な男じゃない。終わったら携帯電話で呼んでくれりゃいいさ」
「ああ、そうだったわね」
ラフィーブに来てから携帯電話は使っていなかったので、その存在すら忘れそうになっていた。ここでも携帯はちゃんと使える。
「それなら安心して買い物するわ。でも何軒も店を回るわけじゃないし、本当にそれほどかからないと思う」
そう言ってステイシーと別れ、リリアナは一人で香水店に入っていった。
アラブには西洋にはない香木もあるし、その昔は東西の香料貿易の中継地として栄えた土地だ。香りの文化はアメリカより発達している。メモを見ながら、ガイドブックにのっているアラビア語と英語の混ざった会話で、店員と交渉する。マイケルがアロマオイルの商品名や香料の種類まできちんと調べてくれていたので、それほど苦労せずに目的のものはそろった。
しかしリリアナは香料そのものに加えて、その容器にも目を奪われた。美しくカットされたさまざまな色のガラス瓶がウィンドウに並んでいるのは壮観だった。鮮やかに彩色された焼き物の瓶や、細かな細工がほどこされた金属の飾りがついているものもある。ガラスは割れやすいと思っても、つい我慢できなくて何本か買ってしまった。
そんなことをしていたら、いつのまにか四、五〇分もたっていた。
ようやく店を出ると、ステイシーの姿は当然、見えない。遠くまで行ってしまったかしら。少しさがしてみて、いなければ携帯電話のお世話になりそうね、と思いつつ、さりげなく周囲を見ながらしばらく歩いた。すると少し離れたところに、バッグを肩にかけたステイシーが見えた。
「ステイシー!」
あまり大声をはりあげるのもはばかられ、遠慮しながら呼んだせいか、ステイシーはまったく気づかない。何かおもしろいものを見つけたのか、わき目もふらずにすたすたと歩いていく。リリアナは小走りで追いかけた。
彼はスークのはずれにあった石造りの建物に入っていった。入り口にドアはなく、柱廊が奥へと続いているのが見える。市場の一角にあるのだから何かの店だと思うが、商品は見えない。一般家屋にしては大きいし、ステイシーはふつうに中に入っている。リリアナも彼のあとを追いかけて、建物の中に入っていった。
中は外から見るより広々としていた。がらんとした大きな部屋に、何枚も小さなラグが敷いてある。奥に数人の男がいて、ステイシーとしゃべっていた。ようやく追いついたと思い、リリアナが声をかけようとした瞬間、どこからか鋭い声がした。中にいた男たちがいっせいにリリアナを見る。そしてさらに大声をあげながら、彼女のほうへ来た。腕を大きく振り上げている者もいる。
「いったい何なの?」
何が起こっているのかわからず、また大きな声で怒鳴られるのが怖くなって、リリアナは入り口へ引き返そうとした。しかし、いきりたった男が二、三人、追いかけてくる。入り口のところまで来ると、さっきまでいたスークとは反対の方向へ走り出す。男たちの声がまだ聞こえてきて、リリアナはうしろを振り返ることができない。心臓が早鐘のように鳴り、しだいに息が切れはじめる。このままどこまで走ればいいのだろう。見知らぬ国の町で何が起こっているかわからないまま、男たちに追いかけられている。リリアナは恐怖をぐっとこらえて走り続けた。
そのとき、建物からカンドゥーラを着た男性がすっと出てきて、リリアナと男たちの間に入った。リリアナはびくりとしたが、すぐうしろから聞き覚えのある男性の低い声がした。
「そのまま振り返らず、まっすぐ行け!」
キファーフ……。その言葉は声にはならなかった。
リリアナは言われたとおり、前だけを見て走った。もう走るというスピードではなかったかもしれない。大き目の曲がり角に来たとき、キファーフがさらに近づいて彼女の肩を抱き、さっと左に曲がらせた。そこは人通りがほとんどない。荷物が積んである空き店舗が何軒かあり、キファーフは物陰にリリアナを隠し、寄り添うように自分もそこにかがんだ。
リリアナより一回り大きいキファーフが前にいると、通りのようすはまったく見えない。リリアナははずむ息をこらえ、時間が過ぎるのを待った。
五分ほどたっただろうか。キファーフがもう安全だと思ったのか、その場で立ち上がる。リリアナもそれに従う。
「いったい、いまのはなんだったの?」
「それはこちらのせりふだ。なんであんなことになった?」
キファーフが冷たい声で聞いた。
「よくわからない。スークのはずれにあった石造りの建物に、ステイシーを追いかけて入ったら急に……」
「石造りの建物?」
「え、ええ」
キファーフが顔をしかめ、苦々しい声で言った。
「あの建物は祈りの場だ。女性は立ち入ることはできない」
リリアナはそれを聞いて青くなった。
「じ、寺院だったの?」
そうは見えなかった。しかし中にラグがいくつも敷いてあったのは、あそこにひざまずくためだったのだろうか?
「いや。富裕な商人などが、個人の祈りの場として専用の建物をつくるんだ。一日の祈りの時間になると、知り合いや近隣の男たちが集まってくる」
「それじゃ……」
「もし警察に通報されていたら、下手をすると逮捕される。きみの同僚は一緒に逃げなかったのか?」
「わからない……自分のことだけで精一杯で……」
もし彼に何か起こっていたら、私のせいだ。リリアナの体が小刻みに震え始める。とんでもないことをしてしまった。いったいどうすればいいのだろう?
「もし彼の身に何かあったら。キファーフ、私どうなってしまうの?」
パニックがリリアナを襲う。もし逮捕されたりしたら。文化も習慣も違うとはいえ、私はジャーナリストだ。知らなかったではすまされない。私が軽率な行動をとったばっかりに……。
気づかないうちに目から涙がはらはらと流れる。リリアナは体を震わせて、キファーフのカンドゥーラの袖にしがみつくようにすがっていた。
「リリアナ」
キファーフの腕が体に回され、強い力でぎゅっと抱きしめられた。
そしてあたたかい唇に唇をふさがれた。その熱さとやわらかさに、一瞬不安も忘れ、リリアナは陶然とした。
私はいったい何をしているの……ステイシーがたいへんな目にあっているかもしれないのに。
しかしキファーフの舌がそっと入り込んでくると頭の芯がしびれ、他のことなど何も考えられなくなってしまった。
どのくらい時間がたったのだろう。ひどく長い時間がたったような気もする。キファーフがゆっくりと体を離した。行かないで。声には出さなかったが、リリアナはこのぬくもりを手放したくなかった。
キファーフは携帯電話を取り出すと、誰かに電話をかけてアラビア語で話をした。
「ガイドがすぐここに来る。絶対に動くな。私はさっきの場所に戻って、カメラマンが無事かどうか見てくる」
キファーフは冷静な声に戻っているが、リリアナはなかなか現実に戻れないでいた。
「あの……」
「なんだ」
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまって……」
キファーフがきゅっと眉間にしわを寄せてリリアナの目を見る。クールな彼の目に、いまは感情があふれているように見える。それが怒りなのか他のものなのか、リリアナには判別がつかなかった。
「祈りの場にいた者たちを私は知っている。きっと穏便にことを収めてくれるはずだから大丈夫だ」
「お願い……」
「絶対にここを動くんじゃない。わかったな」
「ええ」
リリアナは素直にうなずくことしかできなかった。そして物陰から出ていったキファーフの背中を黙って見送った。
結局、王族であるキファーフがじきじきに話をしたことで、いきりたった男たちも怒りをおさめたという。警察に通報はされず、リリアナもスターTVも、それ以上の追及はされなかった。国外強制退去という最悪の事態を避けられただけでなく、事件自体が表に出ずにすんだのだ。
リリアナが無事にホテルに戻ってステイシーと顔を合わせたときは、思わず抱き合って喜んだ。
「悪かった、リリアナ。勝手にあんなところ入っちまって。おれもあそこが宗教がらみの場所とはわからなかった。それでも男だから特に問題にはならなかったが、きみのことにまで考えが及ばなかった」
「いいえ。はっきり確認しなかった私の責任よ。私のせいで全員帰れと言われるんじゃないかと思って、生きた心地がしなかったわ」
それは大げさな話ではない。あのときキファーフがいなければ、どうなっていたかはわからない。
「今回は本当に運がよかった。キファーフ殿下のとりなしで事なきを得たが、これからはじゅうぶん、気をつけてくれよ」アレックスがたしなめた。
「ええ。本当にごめんなさい!」
「しかしアレックス。あれが宗教の施設なんて、見ただけじゃわからないぜ」
「ああ。それはガイドも説明するのを忘れたと言っていた。しかし事情を知らないからといって、いいわけにはならない」
「ええ。もちろん。いいわけなんてする気はないわ」
「リリアナ。まだ取材期間はある。今回の失敗を取り戻すチャンスはまだまだあるさ」
アレックスはリリアナの肩をぽんぽんと叩いて言った。
「キファーフ殿下は、いまこのホテルで会議中だそうだ。終わったあと面会できるよう、ガイドに頼んでおいた。あらためて謝罪に行こう」
「アレックス……ありがとう」
リリアナは兄の手回しのよさをありがたく思った。あのときはパニックになってしまって、キファーフにきちんと謝ることも、礼を言うこともできなかった。
会議に出席していた人たちのほとんどが引き上げたあと、アレックスとリリアナ、そしてステイシーはガイドにしたがって、部屋に入っていった。そこにはシャーキルとキファーフだけが残っていた。その姿を見て、リリアナは目をみはった。
いまは二人とも民族衣装ではなく、白いシャツにネクタイを締めている。外国人とのビジネスの会議だったのだろうか。カンドゥーラに比べて体にフィットしているシャツは、彼らの胸板の厚さを強調する。顔にかかるものがなくなって、癖のない黒い髪や切れ長の目が、白い部屋の中でくっきりと浮かび上がる。まるでそこだけ、黄金色の光に包まれているようだ。
「やあ、アレックス」
穏やかな声でシャーキルが言う。
「シャーキル、きょうは本当に申しわけない。知らなかったこととはいえ、国民の気持ちを乱すようなことをしてしまった。我々全員、心からお詫び申し上げる」
「その件については、すでにキファーフがすべて片づけてくれている。起こったことはもうしかたがない。明日からの取材では、じゅうぶん気をつけてくれ」
「わかりました」
リリアナはキファーフのほうを向いて頭を下げる。
「キファーフ殿下、本当にありがとうございました。あなたのおかげで救われました」
「私は当然のことをしたまでだ」
そっけない声で彼が答えた。それ以上、話を続けることができない。
「心から感謝しています……」
するとキファーフの顔がふっとゆるんだ。物陰に隠れているとき浮かべていた、愛おしむような、包み込むような目。それを見てリリアナはまたあのキスを思い出してしまった。
私はこのたくましい胸に抱かれたのだ。そう思うと体の奥が熱くなる。
「礼には及ばない」その言葉には、わずかにぬくもりが感じられた。
アレックスたちが出ていくと、部屋にはまたシャーキルとキファーフだけが残された。
「きょうはおまえがスークにいあわせてくれて、本当に運がよかった。外国人女性が祈りの場に入ったなどという話が表ざたになったら、また保守派が騒ぎかねない」
「一応、あの場にいた者たちは納得したが、こういう話はもれやすい。油断は禁物だ」
「それはもちろんだ。しかしおまえがスークに行くとはめずらしいな」
「スークに行くことくらいはあるさ。事件にぶつかったのは、ただの偶然だ」
「まあ、そういうことにしておこう。なんであれおまえがいて助かったのは本当だから」
シャーキルは含みのある言い方をしたが、キファーフはポーカーフェイスをつらぬいていた。
偶然だと言えば嘘になる。彼女たちがスークに行くと聞いて、さりげなく様子を見に行ったのだから。
外国人女性がガイドもつけず、一人で町をうろつくのが心配だというのも本当だった。もしトラブルを起こしたら、彼女がまずい立場になる。自分の結婚話に巻き込んでしまったことを申しわけなく思うところもあった。
いや、それはごまかしだ。あのときすぐそばで震える彼女を見て、自分の気持ちが抑えきれなくなり、抱きしめてキスをしてしまった。あんなに衝動的な行動をとったことはない。まったく自分らしくない行動だった。
いまもまだ震える彼女を抱きしめた感触が手に残っていた。
だが──彼女にはもう近づくべきではない。自分を見失うことは、王家にとっても国にとってもよいことではないのだ。
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