第4話 図書室の窓

「あっ、こっちだよ?」


 放課後、図書室に入ると部屋の奥から青山恋陽が手招きをした。

 春だというのに図書室の空気は冷たく、とても静かだった。

 学校の敷地内でも一番奥にあって、しかも一階にあるその場所はあまり人気がない。

 かろうじで進学を意識した三年生が来ているのか、図書室では本を読むというより、参考書を広げている生徒が何人かいるだけだった。

 冷たく静かな空気の中に少しだけピリリとした緊張感が漂っていた。

 好きな女の子と話す空気じゃない。


「ほら、こっちきて?」


 俺が図書室特有の空気に圧倒されていると、青山がちょっとだけ声をだして呼ぶ。

 普通だったら、司書の先生に怒られそうなものだが、なんせあの青山恋陽だ。おとがめなしである。というか、司書の先生は準備室の方にいてこちらの様子など全く気にしていないようだ。


 冷たく暗い図書室の中で、青山恋陽の周りだけが暖かな光で溢れていた。

 いや、比喩じゃなくて実際に。

 本がいたむのを防ぐためか、誰かネクラの仕業か、分厚いカーテンがしめられた図書室で、青山は唯一カーテンのかかっていない窓の前に立っていた。


「みんなには内緒ね」


 俺が青山の側に行くと、そういって青山恋陽は窓をあけて、上履きを脱いで、その窓からでた。


「えっ、ちょっと、おいっ!」


 俺が慌てて声をかけようとしたときは既に時遅く、青山は窓の向こうに姿を消したあとだった。

 仕方ないので、彼女をみならって上履きを脱いで、窓の前にある棚に脚をかけて同じように図書室から脱出する。

 なんとも悪いことをしている気分になる。

 窓から外に出るなんてちっぽけなことだけれど、俺の高校生活の中では非日常だった。

 もちろん、一階だから別に窓からでても大した高さがあるわけでもなんてことないのは分かっている。


 だけれど、窓から外にでてその隣に好きな人青山恋陽が隣にいる瞬間はやたらと輝いて見えた。

 そこには本当に学校の敷地の一番奥で、桜の花びらがふわふわと舞っていて嘘みたいに綺麗な景色があったのだ。

 今までここに桜の木があるのを知らなかったことを後悔するくらいその桜の花びらの雨は素晴らしかった。


「綺麗だな……」


 あまりにも景色が美しくて、ありきたりな言葉しか出てこなかった。

 だけれど、隣で青山はにっこりと微笑む。


「綺麗でしょ。特等席なんだ」


 そういって、俺の方に手を伸ばす。

 ずっと見てきた青山恋陽が信じられないくらい側にいた。

 その桃のようなやわらかな色の付いた頬も、微かに震える睫毛も、すべてがはっきりと見える。


 青山恋陽の指先は俺のワイシャツの第一ボタンにそっと触れた。

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