第3話 告白の翌日、教室で

「おはようございます。  四谷君


 青山恋陽は礼儀正しい。

 挨拶をするとき、一人一人の名前を呼んでくれるのが彼女の人気の一因である。

 それが、今日は俺の名前だけ呼んでくれなかった。

 ああ、嫌われたんだ。

 俺はショックで涙が出てきそうになる。

 いや、プラス思考にいけば、彼女はまだ俺の存在を認めてくれている。だって挨拶はしてくれているのだから。


 ただ、名前を呼んでくれていないだけ。


 やっぱり、ショックである。

 何で告白なんてしてしまったのだろうと自分の席で頭を抱える。

 告白なんてしなければ、少なくとも今も青山恋陽はその可愛らしい唇で俺の名前を呼んでくれたはずなのに。

 どうして告白なんてしてしまったんだ。

 しかも、人妻に。


「……四谷君、あとで少し話せますか?」


 俺が机につっぷしていると、いつの間にか青山恋陽は俺の前に立って、のぞき込んでいた。

 少しだけボリューム小さく話しかけてくるその声はくすぐったくて心地が良い。


「あ、ああ?」


 俺は言葉が出てこないで、返事をする。

 青山恋陽を拒絶していると思われたくない思い出必死に首を縦に振るが、喜んでいると思われたくなく、また不意打ちに対応できずに口ではドライな返事をするというまったくちぐはぐな状態だ。


「じゃあ、放課後。図書室の前で」


 青山恋陽はそう言って、去って行った。

 去り際にちょっとだけ振り返って、人差し指で唇をそっと指さす。

『ひみつね』ってジェスチャーで指し示すその姿はやっぱり可愛かった。

 ……そして、人妻だと知ったせいだろうか。色っぽかった。


 その日は一日中、青山恋陽のことを考えていた。

 いや、以前からそうだっただろうと言われてしまっては反論しづらいのだけれど。

 でも、前とは違う。

 前は青山恋陽のことが好きで仕方がなかったけれど、今こうやってあらためて教室にいる青山恋陽を見て思う。


 青山恋陽は外の同級生と比べて大人の色気がある。


 それは学年一の巨乳とか、短いスカートとかとは異なる性質の色気。

 生徒手帳に書かれた通りの制服の野暮ったい着こなしなのにも関わらず、その姿は何故か大人の色気があるのだ。


 授業中に髪を耳にかける仕草とか、お昼に買ったジュースのストローを持つ指先とかそんな何気ない仕草がものすごく色っぽい。

 俺は気が付くと告白する前よりも彼女のことを考え続けていた。


 青山恋陽は人妻なのに。

 俺じゃない誰かの奥さんなのに。


 なのに、俺は告白する前と変わらず、いや告白するよりももっと強く青山恋陽のことを考え続けていた。

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