第2話 妹の指摘

「お兄ちゃん、失恋した?」


 できるだけ平静を装って、家に帰ると妹が「おかえり~」と言う前にそう言い放った。

 ショートパンツにジェラートピケのふわふわパーカー。縁の太いメガネという家でのリラックスした格好だった。

 朝、学校に行くときのギャルっぽい制服のミニスカートとは全然印象が違う。

 言ってしまうと、完全に別人。

 詐欺にもほどがある。


 リビングのソファーに寝っ転がりながら、アイスを囓りつつすぐ横には英単語のカードが転がっているのは、朝の姿と解釈違いにもほどがある。

 華やかさ重視のギャルに見せかけて、実は根は真面目な妹だ。


「なんで、そうなるんだよ?」


 俺は肯定とも否定ともとれないような返事をした。

 失恋したのは自分でも分かっている。だけれど、どうしても受け入れられないときもあるのだ。


「だって、お兄ちゃんのことなら何でもしっているもん」


 妹の有紗はあっさりと言い放つ。

 全知全能の神なのだろうか。

 普通の妹は兄のことなんて大して興味がないはずなのに、それでも何でもしっているということは、きっと妹は神に違いない。

 毎日世界やら迷える子羊なんかを救っているのだろう。

 昼間のギャルっぽい制服姿とは本当にギャップのある妹だ。

 そんな妹は俺の失恋までお見通しらしい。


「で、フラれた原因は一体何? 私服がダサそうだから? メガネだから?」


 妹はズビシッと立てた人差し指を僕に向けて指摘した。

 まるで、犯人を分かっている名探偵みたい。

 すごい自信だ。

 妹が指摘した理由だったらどんなによかっただろう。

 妹に私服を選ぶのを手伝って貰ったり、メガネをやめてコンタクトにすれば良いだけの話なのだから。

 自分が変われば好きになってもらえる可能性があるって、すごく希望に満ちあふれた状況だ。

 映画なんかでよくあるシチュエーションだけれど、あれはきっと意味があるのだ。

 自分が少し努力するだけでなんとかなるなら、誰だって努力すれば良い。


 だけれど、今回は事情が違う。

 俺が青山恋陽に失恋したのは、俺が変わったとしてもどうしようもない。

 たとえ、宝くじで一億円当たろうとも、整形して学校一のイケメンになろうとも、全知全能の妹から神にも匹敵する力をあたえられようとも、失恋の原因を取り除くことはできない。


 そう、俺の好きな人――青山恋陽――は、もう既に結婚しているのだから。


 これは俺がどんなに努力しても帰ることも歪めることもできない確固たる事実だ。


 妹のいいかげんなラブコメ映画みたいな質問に、現実の厳しさを改めて認識した俺は、妹が差し出した食べかけの棒アイスを咥えることしかできなかった。


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