22-4 レイルの正体

 レイルがセシリアを抱き締めてる。

 目の前の光景が信じられなかった。

 セシリアは、抵抗もしないで突っ立ってる。

 …突っ立って?


 妙な魔力は、セシリアから出ていた。

 セシリアの腹から、俺の腕くらいの太さの魔力みたいなのがいくつも出て、レイルに吸い込まれてく。


 「おいレイル、こりゃいったい何のマネだ!?」


 部屋に入った俺を見て困ったような顔をしたレイルは、ちょっと待てというように、右手を軽く挙げていた。

 レイルはセシリアを放すと、


 「お休み、セシリア。よい夢を」


と言い、言われたセシリアは焦点の合わない目で俺の脇を通り抜けて、部屋を出て行く。

 追い掛けようとしたところで、レイルに止められた。


 「どういうこった? セシリア、普通じゃなかったな。理由次第では、いくらお前でもただじゃおかねぇぞ」


 「説明するから、ちょっと僕の魔力見てよ。今、変化解くから」


 言うなり、レイルの体から魔力の光が消えた。

 そこに立ってるのは、1年半くらい前に一度だけ見たレイルの素顔。

 銀色の髪、金色の目、尖った耳、そして、胸の辺りに魔力の塊がある。

 …待て! 胸に膨らみがある?


 「今、僕は本当の姿だよ」


 いつもより少し高い声で、レイルが言った。


 「女?」


 「そう。本当はね。

  都合がいいから、男の姿になってる。

  あ、本当の名前はね、レイラっていうんだ。

  レイル・ランってのは、冒険者に登録するために名前を分けて作った名前だよ」


 レイラ? 本名? いやいや、それよりもだ。


 「その、胸んとこの魔力はなんだ?」


 「ああ、見える? 今は魔力が満ちてるからね。これは、僕の魔石さ」


 魔石? おいおい、それじゃ…


 「僕は、人間と淫魔のあいのこなんだ」


 「魔獣…だってのか? お前が?」


 「まあ、分類としてはそうなるのかな?

  ちなみに、リアンでもジールダここでもギルドの資料を見たけど、淫魔は載ってなかったよ」


 「…さっきの魔力はなんだ?」


 「一角馬が吸ってた魔力みたいなのを覚えてる?」


 「あの、角に吸われてたやつか?」


 「そう。あれと似たようなものさ。

  僕は女だから、男の魔力というか、精気を吸うんだ。

  半分人間だから、普通の食べ物だけでも生きていけるんだけど、強くなる──魔石を成長させるためには、男の精気が必要だ。

  男に抱かれた後の女から、男の精気を吸うのが僕のやり方なんだ。

  純粋な淫魔だと、直接男から吸うんだけどね、僕は半分人間なんで、一度直接吸ったら、その相手からしか吸えなくなる。

  それじゃ困るから、女を介して間接的に吸ってるんだ」


 「それでセシリアか? お前が最近、夜遊びに行かなくなってたのは…」


 「前は、男に抱かれたばかりの女を捜してたんだけどね。セシリアから君のを吸うのが一番効率がいいんだ。君の精気は、なんていうか、美味しい」


 「なんだよ、おいしいって」


 「ん~、僕と君の魔力は性質が近いって覚えてる? 魔石に籠めて試した時、お互い問題なく使えたろ?

  そのせいか、君のだとものすごく気持ちいいんだ」


 「お前に気持ちいいとか言われてもなぁ」


 「君から直接貰った方がもっと効率いいんだけど、それはさすがにセシリアに悪いからね。セシリア経由で我慢しとくよ」


 なに偉そうなこと言ってやがる。


 「セシリアに変な影響ないんだろうな」


 「セシリア自身には何の影響もないから安心して。

  精気吸っちゃうと、その時は子供はできないんだけど、どうせ今は子供作らないだろ? これでも気を遣ってあげてるんだよ」


 「恩着せがましく言うんじゃねぇよ」


 「とりあえず今はさ、魔神の問題もあるから、少しでも強くなっときたいんだ。片が付くまでは、毎晩セシリアから吸わせてもらうよ」


 「最近毎日来んのは、そういうことか。セシリアの様子が変だったが、ありゃどういうこった? 影響ねぇっつったよな」


 「僕らの種族の特殊能力でね、軽い暗示を与えられるんだ。僕を恋人や旦那と思わせて近付いたりね。怪しまれずに近付くための力だと思えばいいよ。

  セシリアにはね、今は、フォルスの部屋で寝るのは3日に1回だけにしようって言ってある。その前は、仕事で出掛ける前にはフォルスに抱かれると安心して送り出せるよって」


 「あいつが仕事のたびに俺んとこ来てたのは、そのせいだったのか!?」


 「君としても満更でもなかったろ? 終わった後、僕のところに報告においでって言っておいたから、僕も精気吸えて、仕事の前に魔石に力を蓄えられて便利だったよ」


 「セシリアの意思じゃなかったのか」


 ん? じゃあ、俺のこと好きだのなんだのと言ってたのも…。


 「ああ、言っとくけど、僕の暗示じゃ、本人が望まないことはさせられないよ。

  それに、初めてセシリアから吸ったのは、一角馬の件の後だからね。

  あいつの気持ちは本当だよ。

  僕は、ちょっと背中を押してやってるだけさ。

  そうそう、君らが結婚した夜、セシリアが僕のとこに報告に来ただろ。あれ、せっかくの初夜に悪かったけど、満月だったから、何がなんでも吸っておきたかったんだ。

  満月の夜に君の精気を吸うと、僕の魔石がすっごく成長するから」


 満月って…。あ!


 「まさか、月光浴って…」


 「そ。満月の夜、月の光を浴びると魔石が活性化して成長するんだ」


 「なんてこった」


 「僕は、強くなるために、食糧として君の精気を必要としている。

  言ったろ。食事が美味しいってのは、とても大事なことなんだって」


 「お前、俺を飯扱いしてやがったのかよ」


 「人間としての僕は、君を相棒として必要としてるし、淫魔としての僕は君の精気を必要としてる。それだけのことだよ。

  どっちにしても、僕には君が必要だ。

  今回の件、下手をすると魔素のないところで戦うことになるかもしれない。それでなくても、かなり強いのが相手になりそうだ。

  だから、僕は強くなっておきたい。悪いけど、今後も君の精気は吸わせてもらうよ」


 「セシリアの気持ちは本当なんだな?」


 「セシリアの気持ちには、僕は手を出せないよ。

  好きでもない相手を好きにさせることはできないし、逆に、あいつに君を諦めさせることもできない。

  僕にできるのは、あくまであいつ自身が望んでいることを、僕に都合のいい方に誘導するくらいなんだ。

  あいつは君を好きだから抱かれたいんだ。あいつの気持ちは本物だよ。僕は、抱かれた後のあいつからおこぼれをもらってるだけ。

  いずれ、あいつは君の子を産むと思うけど、それは君らにとってごく当たり前のことだろ。

  君の奥さんはセシリアだけ。

  僕はそこに文句を言う気も、君を横取りする気もない。

  でも、君の相棒は僕だけだ。そこは譲れない」


 「お前は元々セシリアを嫌ってたんじゃなかったか」


 「そりゃ嫌いだったさ。なにせ、君に色目使ってたからね。

  たださ、一角馬の時、考え方を変えたんだよ。君がセシリアと付き合おうと結婚しようと、僕は相棒であり続けられるってね。

  セシリアは君のことを本当に好きで、僕はそれを認めることにした。それだけだよ。

  でも、僕には君が必要だから、たとえセシリアが嫉妬したとしても、君から離れる気はない。

  君だって、冒険者やっていくには、僕が必要なはずだ。

  お互いうまくやろうよ」


 「ちょっと待て。

  お前が相棒なのはいいとして、これからもセシリアになんかすんのか!?」


 「“なんか”じゃなくて、君の精気をセシリア経由でもらうだけだよ」


 「セシリア抱き締めてか!?」


 「さっき見たとおり、僕は本当は女だからね。何も問題ないよ。

  ほら、この前話したジークとルードみたいな感じだよね。僕がルードに当たるのかな? まさか、君に女ができたからって、僕を追放したりしないよね?」


 「そりゃ、しねぇけどよ」


 「じゃあ、いいじゃん。今までどおりだよ」


 …なんか、すっげぇ誤魔化された気がする…。




次回予告

 ジールダにフリードの手先が侵入した。

 その男は、かつてリアンで事故死したはずの冒険者だった。

 次回「ごつひょろ」23話「侵入者」

 フリードの襲撃まで、あと3日。

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