18-3 監査開始

 「ジールダの支部から参りました。監査官のセシリアと申します。

  お忙しいところお邪魔しますが、よろしくお願いします」


 リアンの支部に入ったセシリアは、まず向こうの支部長に挨拶した。

 フリードとかいう名の支部長は、茶色の長髪を後ろでくくり、眼鏡を掛けた神経質そうな男だった。

 冒険者上がりだと聞いてたが、どっちかってぇと事務屋って感じだ。眼鏡してる奴自体、滅多に見ないが、レンズに色の付いた眼鏡を見たのは初めてだ。

 なんとなくだが、こっちを値踏みするような底意地の悪い視線を感じる。

 挨拶の後で、小さな事務室のようなところに通された。そこは、机と椅子が一組あるだけの部屋で、周囲の壁にはびっしりと資料の詰まった棚が並んでる。

 はっきり言って、1日だっていたくないような部屋だ。


 「これ全部見んのか…。目眩がしそうだな」


 言うと、セシリアはくすりと笑って


 「フォルスさんに限りませんが、私もお仕事を依頼するたびにこういった書類を作っているんですよ」


と笑う。


 「ギルドの職員なんてのも、案外大変なんだなぁ」


 「そうですよ、大変なんです。

  訳のわからない魔獣の残骸の回収に行かされて襲われたりもしますし」


 「こうして、よその支部まではるばる監査なんての来させられたりもするしな」


 余計なことをしゃべらないよう、セシリアに合図しながら話を続ける。


 「さっさと終わらせて帰ろうぜ。お前と旅ができるってんで引き受けたが、こんな狭い部屋で本棚に囲まれてると頭がおかしくなりそうだ」


 「冒険者にはそういう方が多いですけど、こういうのも大切なギルドのお仕事なんですよ。こういったことの積み重ねで、魔獣の生態や弱点なんかがわかるんですから」


 にっこり笑ってセシリアが答え、また紙をめくる音だけの静けさが戻る。

 今、部屋にいるのは俺とセシリアだけで、レイルは街の中をうろついてる。

 当時と変わった場所を探してたりするはずだが、特に意味があるわけじゃない。

 単に、ギルドの建物内で護衛が2人つく必要がないってポーズだ。

 ギルドの建物に入った時から、どうやら監視されてるらしい。

 今も天井裏に1人と、本棚の裏に1人、隠れてる。

 位置からいって、直接仕掛けてくるようなもんじゃないだろうし、進捗状況の監視が目的だろう。

 俺は、仕事だから仕方なく一緒にいるがさっさと帰りたいって感じで会話するよう心がけてる。

 セシリアは、当然、監視がついてることに気付いちゃいなかったろうが、さっきの俺の合図とその後の口ぶりで、事情は察してくれてるはずだ。

 こんなんがついてる時点で、セシリアが何か見付けると都合が悪い奴がいることは確定なんだが、会話だけで状況を把握できるつもりなのかね。潜んでるとこから直接室内を覗けるような穴はないはずだ。魔素が通る穴がない。

 透明な板越しに覗くって手もあるだろうが、少なくとも視界が通るような位置にいるわけじゃない。

 とりあえず、念のために、奴らの周りの魔素は薄くしとこう。魔法を放とうとしてもすぐにはできない程度に。




 結局、隠れてる2人が動くことはなく、1日目が終わった。

 伸びをしながら、さも退屈そうにセシリアに訊く。


 「あとどれくらいで終わりそうだ?」


 セシリアの方でも、1日で飽きた俺に呆れた風に


 「あと2日は掛かると思います。

  退屈でしょうが、我慢してくださいね」


と返してきた。

 初日なので、作業の後の挨拶を支部長にして、宿へと向かうことにする。

 入口まで戻ると、レイルが待ってた。

 そろそろ終わる頃だと思って、戻ってきてたらしい。

 合流してギルドの方でとってくれてた宿へと向かう。

 もちろん、リアンの支部がとってくれた宿だから、何か仕掛けがされてるかもしれないし、気付かれないように警戒しないといけない。

 宿の受付をすませて部屋に行く。

 ジールダの方の支部長の計らいで、俺とセシリアが同室、レイルが隣の部屋ってことになってる。

 どうやらあのおっさん、俺とセシリアを“夫婦”と説明したらしい。

 まぁ、要するに、いつでもセシリアの傍にいられるようにという配慮なんだろうが。

 セシリアもレイルも嬉しそうだ。レイルが嬉しそうなのが理解できないが。

 3人で晩飯を食った後、一旦俺達の部屋に集まって今日の話をする。

 部屋に入る前に調べた限りじゃ、天井裏なんかには誰も隠れていないようだ。監視があるとしたら、食堂か。

 一応、音を遮断する結界を張って、2人に昼の状況を話した。


 「天井裏と本棚の後ろに、1人ずつ隠れてた。

  何のためかはわからねぇが、少なくとも監視はされてる。ここの部屋近辺は大丈夫だったが、食堂や道中は言葉に気をつけた方がいいだろう」


 「なるほど、それで、さっさと終わらせて帰りたいなんて言ったのですね」


 「まぁな。で、何かわかったか?」


 「まさか。1日でなんて、無理ですよ。

  明日からが本番です。

  今回の範囲が3年前からで、明日は2年前からの書類を見ることになります。フォルスさん達の一件がどう決着しているのか楽しみですが」


 「それについては、俺も見ておきたいな」


 「そうですね、そこに登場する人物の数とか経緯など、実際とどれくらい変えられているのか確認していただけると捗りそうです」


 「問題は、あそこじゃうっかりしゃべれないってことだがな」


 「それは仕方ありません。該当箇所を私に見せていただくくらいしかできないでしょうし」


 あまり長く音を遮断してるのも怪しいので、早々に切り上げて、レイルは部屋に戻った。

 魔法士である・・・・・・レイルのいないところでは、魔法を使うわけにいかないので、ここからは会話が筒抜けと思わないとな。

 まぁ、わざとらしく会話する必要もないんだが。

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