16-R 本部からの使者

 その頃、ギルドでは、支部長が来客を迎えていた。

 支部長室で、ソファに座った本部からの使者は、支部長への報告を始める。


 「例の、魔法陣が魔素溜まりになるかという実験は、失敗しました。

  やはり陣の紋様が不正確と思われます。壊してしまったのは、悪手でしたね」


 憮然とした支部長が言い返す。


 「あの時点でこれを予測しろというのは無理だ。残念なことではあるが、悪手とは言えまいよ。

  それで、何かわかったのかな」


 使者に本来の用件を言うよう促すと、使者は薄く笑った。


 「さすがは“千里眼のオーリン”と呼ばれた方ですね。

  ありましたよ、魔素そのものをなくして敵を弱体化させるという戦い方」


 「あったか! で、どういうやり方だ?」


 「魔法陣を使った結界術というもののようです。

  どんな魔法陣を使っていたかはわかりませんが、結界内の魔素を締め出すことで、魔獣の力を失わせるというものだったとか」


 「待て、普通の魔獣にも効く戦法なのか?」


 「魔獣は体内の魔石の力で魔法を使います。身体強化したり、氷の矢を飛ばしたり。

  その魔法を封じれば、随分戦いやすくなると思いませんか」


 「なるほどな。

  だが、それなら普遍的に有効な戦い方になっていてもおかしくないのに、どうして知られていない?

  魔法陣がそれほど有効なら、受け継がれていそうなものだ。なぜ廃れた?」


 「斥候職だったあなたには不思議かもしれませんが、魔法士にとってこれは諸刃の剣です。

  剣士でも使えてしまう魔法陣で魔法を封じられたら、魔法士は死ぬしかないんですから。

  そんなものを他人に教えますか?」


 「すると、魔法陣の技術は、わざと埋もれさせられたというわけか」


 「おそらくは」


 支部長オーリンは、深刻そうな口調で続ける。


 「で、なぜこの街は狙われている?

  その辺りはわかったのか?」


 突然、思いがけない話を振られた使者は、慌てた。


 「ちょっと待ってください。それは一体何の話ですか。

  この街が狙われている? どこからそんな話が出たんですか」


 オーリン自身、話が飛んだことはわかっているが、敢えて呆れたように続ける。


 「6か月前の魔狼の件以来、おかしな案件が目白押しだ。

  誰かの作為なくしてありえない話だとは思わんかね」


 「たしかに妙ではありますが、そこから街が狙われているというのは、さすがに話が飛躍しすぎじゃありませんか。

  人の手で魔狼3頭を連れてくるというのは、不可能だと思いますよ。

  以前、あなたの指示でオーガを運びましたが、1頭だって相当苦労したんです」


 「だが、岩の巨人などは、どう見ても誰かが作ったものだ」


 「あれはそうでしょうが、他もそうだという根拠にはなりません。

  百歩譲って、岩の巨人を造った奴がいて、そこで魔素溜まりを人工的に造る研究をしているってとこじゃありませんか」


 妥協点を提示した使者に、オーリンが畳みかける。


 「同じような魔素溜まりが、よそでも見付かっている。

  それと同じように、魔素を吸い込む魔法陣も見付かっている。しかも、その後、そこに魔素溜まりができているというオマケ付きだ。

  これらが無関係とは思えないのだがな」


 自信たっぷりに言ってのけたオーリンに、使者は気圧された。

 かつて、その洞察力をもって“千里眼のオーリン”と呼ばれた男に言い切られると、反論するのも難しい。

 そして、オーリンの言葉どおり、無関係と断じるには奇妙な事件ばかりだった。


 「しかし、魔素溜まりの性質云々については、支部長が仰っているだけで、検証されていません。

  魔法陣がなくなった後に魔素溜まりができた件についても、関連が疑われるというだけで、偶然ということも考えられます。なにしろ、そこは洞窟なんですから、たまたま魔素溜まりができただけかもしれませんよ」


 理路整然と推測の穴を突く使者に、オーリンは言った。


 「だが、無関係だという保証もない。

  魔素溜まりを造る魔法陣が撤去されていたことに気付き、再度設置して魔素溜まりができた、と考えることもできるだろう。

  それに、魔素溜まりの性質については、魔素の扱いにけた魔法士からの報告だ。

  信頼してよかろう。

  なにしろ、そいつは岩の巨人を魔素のない結界に閉じ込めて倒したくらいだ。魔素には相当強いぞ」


 ニヤリと笑みを浮かべたオーリンに、使者は驚いた。


 「ちょっと待ってください。

  それじゃ、今回頼まれた調査というのは…」


 「そいつの言葉の裏を取るためだ。もちろん、魔法陣を使ったわけじゃないがな。

  そういうやり方がかつてあったというのは、いい情報だった。礼を言う」


 「その男が魔法陣の仕組みを解き明かした、というわけですか」


 オーリンは、それぞれの情報を“誰が”という部分を伏せて報告していたが、使者はそれが同一人物によるものだと察した。


 「まあ、そういうことだ。

  魔素の扱いに長けているからこそ、魔法陣の魔力の流れを読み解き、魔素溜まりの異常性に気付けた。

  どうだ、信憑性が高まっただろう」


 「それで、その男は今回の件については…?」


 「話してはおらん。今のところはな。

  それで、頼みがあるのだがな、魔法陣に突起が5つのものがあるか、調べてほしい」


 「それも、今回の件と関係があるんですか?」


 「そう思っている。

  この街が狙われる理由と併せて調べてみてくれ」


 「わかりました。

  代わり、といってはなんですが、本部からの依頼です。

  リアンの街の支部長に不正の疑いがあります。

  ここ数年、低位の冒険者が何人も事故で死んでいるようです。

  ギルド預金没収のための不正ではないかと言われていまして、その真偽の確認をお願いします。

  ギルドの職員による監査と、護衛として冒険者を送り込んでください。調査に当たり、冒険者が偽名等使う場合、そのためのギルド手帳の作成を認めるとのことです」


 「人選でき次第、出発させよう」





次回予告

 「魔狼の森の魔素溜まりを確認してくれ」「魔法陣の魔素溜まりを確認してくれ」次々と舞い込む依頼。

 「まさか今度は南に魔素溜まりが見付かったなんて言うんじゃないでしょうね」

 そして舞い込んだ次の依頼は…。

 次回「ごつひょろ」17話「東奔西走」

 西には行きません。

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