11-3 捕獲、そして

 朝、門まで行くと、旅装束のセシリアが待っていた。


 「おはよう。意外に様になってるな。こう言っていいのかわからんが」


 「おはようございます。褒めていただいたものと解釈しておきます。

  それでは、よろしくお願いします」


 「ちなみに、足に自信は?」


 「それなりに綺麗な方だと自負しています」


 「そんな冗談も言えるんだな。意外だ」


 「事務屋ではありますが、仕事柄、それなりには鍛えております。

  9級の一般的な冒険者くらいには歩けます」


 「ますます意外だ。その言葉、信じるからな。

  んじゃ、行くぞ」


 セシリアを真ん中に、俺を先頭、レイルが殿だ。

 正直、レイルをセシリアの後ろに、というか、俺の目の届かないところでレイルとセシリアを一緒にしておくのは不安なんだが。

 まぁ、さすがにレイルも妙なマネはしないだろう。いくらセシリアを嫌ってるったって、こいつは仕事だからな。

 セシリアがいなけりゃ失敗するとわかりきってるんだ、セシリアの身に危険が及ぶようなことはしないはずだ。




 1日歩いたが、セシリアは問題なくついてきた。

 普段よりは遅いが、それでもイリス達の移動速度くらいの速さだ。本当に9級並の速さで歩けるんだな。

 晩飯は、レイルが獲ってきたウサギの肉だ。

 これまた意外なことに、セシリアは串刺しにした肉にかぶりついて食べている。

 お上品な顔をしたセシリアが肉にかぶりつく姿は、なんだか微笑ましい。


 「今日は、意外なことが多いな」


 ぽつりと漏れた言葉に、セシリアが返してきた。


 「ギルドの職員は、有事の際には前線で活動することもあります。

  さすがに直接戦闘は無理ですが、前線で補給や見張り、食事の準備ができるくらいには訓練しているんですよ」


 今日は、本当に意外なことが多い。

 ギルドの職員が、前線でバックアップするってのか。


 「ちなみに、有事ってのは、たとえば何だ?」


 「魔獣の大量発生や大移動、危険度の高い魔獣の討伐などですね」


 「魔狼の時にゃ、そんなもんなかったはずだが」


 ちょいと嫌味っぽく言ってやった。


 「あれは街から離れていましたし、6級でも対処可能と判断されましたから。

  最初の時点で5頭くらい確認されていれば、討伐の強制依頼が出て、ギルドからも誰か派遣されていたでしょう。

  正直なところを言いますと、ギルドの職員が同行するのは、複数のパーティーで当たる場合の緩衝材役という側面もあるんです」


 なるほど、お目付役も兼ねてんのか。

 前線で気が立ってる冒険者の仲介たぁ、貧乏くじだな。

 それはそうと、レイルが朝から一言もしゃべらねぇのはちょっと気になるな。

 いや、セシリアに突っかかられると困るから、静かなのはありがたいんだが、不機嫌丸出しでムスッと黙ってられると心配になる。

 ちょっと様子見といた方がいいな。


 「おい、レイル、どうかしたのか?」


 「別に。あいつがいるんだから、楽しいわけないだろ。大丈夫、仕事はちゃんとこなすから」


 「なら、いいが」


 「それより、フォルスはちゃんと覚悟しときなよ」


 「覚悟? 何のだ?」


 「はあ。

  ホント、頭悪いね。

  僕らは、これから、何をどうやって捕まえると思ってんの?」


 「一角馬を、セシリアを囮にして、だろ」


 「そうだよ。なんでわかんないかな」


 「いや、だから、わかってんだろ」


 「うん、わかってないよね。

  後が楽しみ…ってことにしとこうか」


 ニヤリって感じの嫌な笑いを浮かべるレイル。

 ここにきて、初めて機嫌よさげな雰囲気になってきたが、なんかしっくりこないなぁ。




 翌日。一角馬がいるらしい森に着いた。


 「さて、じゃあ、セシリアにはその辺に座っててもらうか。俺達は近くに隠れる。

  セシリアからは見えなくても、絶対に離れないから、動揺してうろつくなよ。却って危ないからな」


 「わかりました」


 セシリアは、移動の間着ていた革鎧を外し、マントを敷いてその上に座った。

 かなり緊張しているのか、表情が硬い。

 俺達は、それを見届けた後、少し離れた樹の陰に隠れて結界を張る。今回は、魔素はともかく、姿と匂いを完全に消さなけりゃならない。

 “男の匂い”ってのが、文字どおり男臭いのが嫌って意味なのか、魔力かなんかで判別してるのか、そこがわからないから対処のしようがない。

 まぁ、魔力は遮断するし、匂いなら緩やかに上に向かって風の流れを作ってやるし、気付かれることはないだろう。

 待つことしばらく。

 一角馬が姿を見せた。

 セシリアは、一瞬ギクリとしたが、そのまま座っている。すると、一角馬はセシリアの背後に座り込んだ。馬が座るところなんて初めて見たが、足を折り畳んで座るんだな。

 真っ白な体に金色のたてがみと尻尾、銀色に輝く角を持つ一角馬の脇に座る若い女か。

 もうちょいいい服着てたら、絵になったかもしれないな。


 見ていると、一角馬の周りで妙な魔力が渦巻きはじめた。セシリアを覆うように渦を巻いてるとこみると、あれが例の能力なのか。出どころは角か?

 しばらく渦を巻いていた魔力は、ゆっくりとセシリアの中に入っていく。全身からしみこむとでも言やいいのか。じんわりとセシリアに吸い込まれた後、今度はセシリアから何かが出てきて、一角馬の角に吸い込まれてく。

 魔力、なんだろうな。俺が見えるってことは。だが、セシリアが魔力なんて使えたのか?


 「いい感じだね」


 小さな声でレイルが話しかけてきた。レイルもあれを感じてんのか。


 「魔力とは少し違うようだが…ありゃあ、何だろうな」


 「よくわかんないけど、あれを吸うために女に寄ってくんだろ? で、満足したら僕らが近付いても大丈夫になるんだよね」


 「ああ、そうらしいな」


  「一角馬の方は僕が抑えるから、セシリア陰険女の方はよろしくね」


 「あ?」


 「森の外れの方まで行ってるから、僕のことは気にしなくていいからね」


 「ちょっと待て、どういう意味だ?」


 「どういうもこういうも、そのまんまじゃない。

  覗くような趣味はないから、安心して好きなようにやってね」


 「だから、何の話だ。意味が…」

 「あ、終わったみたいだね。

  じゃ、僕、行くから」


 言うなり、レイルは轡を持って一角馬の方に走り出した。

 なに急いでんだ。逃げるもんでもない──ああ、のんびりしてると逃げられるかもしれないか。

 とにかく、俺もレイルの後を追った。




 「おい、レイル」


 ようやく追いつくと、レイルはもう一角馬に手綱を付け終わっていた。


 「じゃ、あれ、よろしくね。

  僕は森の出口で待ってるからさ。ごゆっくり~~」


 「おいレイル、意味わかんねぇぞ!

  こら、さっさと1人で行くなって!」


 呼び止めても取り合わず、レイルは一角馬を連れて行っちまった。

 まったく、なんだってんだ。

 俺にセシリアと2人で歩いてこいってのか。

 まぁ、とにかくセシリアだな。


 「セシリア、ご苦労さん」


 座ったままのセシリアに声を掛けてみるが、反応がない。

 ボーッとしていて、まるで寝ぼけてるようだ。

 …まさか、本当に寝ぼけてるとか?


 「おい、セシリア!」


 ちょっと強めに声を掛けたら、ようやく顔を上げた。


 「フォルスさん…」


 なんだ、やけに色っぽい目をしてやがるぞ。

 セシリアは、焦点が合ってないような目で俺を見て、両手を伸ばしてきた。立たせろってことか。

 両手を掴んで、引っ張り上げる。セシリアくらいの体格なら、片手でだって持ち上げられる。


 「ほれ、戻るぞ。歩けるか?」


 声を掛けても返事がない。どころか、立ち上がった勢いそのままに、俺にしがみついてきた。


 「おい、セシリア?」


 すぐ目の前にセシリアの顔がある。

 俺をじっと見つめるセシリアの顔が。


 「フォルスさん…覚悟はしてきましたから…」


 突き放すわけにもいかず困っていると、セシリアはそのままキスしてきた。

 何がどうなってやがる!

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