4-3 いるはずのない魔獣
朝になり、飯を食って出発する。幸いというか、何もなかった。
ミツバ草の群生地は、街の南西方向にある山の麓の森の中にある。
手鞠蜂は寒さに弱いので、俺のように氷の魔法が使える魔法士がいれば、何の問題もない。
手鞠蜂自体を攻撃する必要はなく、巣と自分達との間に少し冷気を漂わせておけば近寄ってこないからな。
俺が魔法で冷気を使った時、試験官は随分驚いてたっけ。魔法士だって、自己紹介したはずだったんだがな。
手鞠蜂には、もうひとつ、 煙に弱いという弱点がある。イリス達が読んでた資料に載っていたかどうかが問題だが、ここまでの3人の様子を見た限りでは、大丈夫だろう。
この森で一番脅威になるのが手鞠蜂だし、心配はないだろう。
俺達は、イリス達と手鞠蜂の巣を結ぶ線を遮らないように位置取りして、気配を消すための結界を張った。
さて、お手並み拝見といこうか。
予想どおり、イリス達は手鞠蜂対策をしていた。
採取場所の周囲8か所に香を焚いて、煙を漂わせ、弓士のミュージィに周囲を警戒させて2人でミツバ草を採取している。
ミツバ草は、根を残して水気のある容れ物に入れてやらないと萎れてしまうが、そこもきちんと対応している。
これは楽勝かな。
「フォルス」
レイルに肩をこづかれて振り返ると、難しい顔をしていた。
「どうした!?」
「気配消しはこのままで、探索の結界張れる? できるだけ広く」
言われたとおりにしてみると、蜂の巣とは別方向から、何かが近付いていた。恐らくは魔獣、それもかなり大きい。
風下から近付いてくるということは、煙を辿ってきている、ということだろうか。
偶然ということもあるだろうし、何より試験の最中だ。今はまだ口を出すべきじゃない。
とりあえず、何かあってもいいように、魔獣の動きには注意しておかないと。
当然、イリス達は気付いていないはずだ。
待っていると、ミツバ草の規定数を集め終わろうとしている。
ここを去ることができれば魔獣には遭わずにすむし、問題ないだろうと思ったんだが、残念ながらそううまくはいかないようだ。
魔獣が来る方が早い。
「イリス! 何か来る!」
ミュージィも気付いたらしく、魔獣の来る方に向けて弓を引き絞りながら、叫んだ。
魔獣の足音が響くくらいになって、ミュージィが弓で先制攻撃を加えた。どうせもう戦いは避けられないんだから、奇襲で先制はいい判断だ。
相手が何者かわからないにしても、足音がするんだ、矢が効かないってことはないだろう。
イリスとサンドラは、ミツバ草の入った箱を俺達のいる方に下げて剣を抜いた。
ドドド…という重い足音を響かせて突っ込んできたのは、牙猪だった。
下顎から生えた2本の牙が正面に向かって伸びていて、それで敵を貫く大型の魔獣だ。
魔力を主に身体強化に使うらしく、恐ろしく硬い上に素早い。この森にいるなんて話、聞いたことがないんだが。
イリス達には、手に余るかもしれないな。
「いざとなったら僕が行くから、やらせといたら?」
レイルがそう言うなら、ひとまずイリス達に任せてみてもいいか。
牙猪は案外小回りも効くので、前衛2人は苦労している。突進を避けるだけでも骨なのに、斬ろうにも剣を弾き返されるんだから当然だ。
運良くミュージィの初撃の矢が左目に刺さってるから、牙猪の方でもうまく狙いが付けられないようだ。そうでなかったら、サンドラは避けきれないかもしれない。
ミュージィの矢も、その後は当たっても弾かれるばかりで、効いてない。
そろそろ限界だな。
「レイル、頼む」
「あいよ」
俺が牽制の氷の矢を3本飛ばすと同時に、レイルが駆け出す。
ちょうどイリス達2人の間を駆け抜けたばかりの牙猪に、氷の矢が当たった。
刺さりこそしなかったが、こちらに注意は惹けたようだ。そして、その背後からレイルの剣が斬り裂く…いや、浅い。斬れ味強化の魔法が宿ってるのに、あの程度なのか。
どうせ俺の魔法では有効打は無理だろうから、氷の矢を連射して牽制だ。
「ちょっと本気出したげようか」
その一言と同時に、レイルの剣を包む魔力が一際強くなる。更に斬れ味を上げたか。
「よっ! と」
レイルの気合い一閃、輝きを増した剣が牙猪に叩き付けられる。
牙猪の肩口を、深々と斬り裂いた。
怒り狂ってレイルに向き直ろうとする牙猪の顔に、土の槍をぶち当てる。刺さらなくても、動きは止まるだろ!
予想どおり一瞬硬直した牙猪の首を、レイルの剣が斬り裂いた。
半分…までいかない、3分の1程度だが、首にこれは大きい。
「もいっちょ!」
レイルは、もう一度同じところに剣を振り下ろす。
今度は首が半分以上斬れたようだ。牙猪が崩れ落ちる。
イリス達は、立ち上がったはいいが手を出せず呆然とレイルと牙猪の戦いを見ていた。
その時、俺の足下を何かが走り抜けた。と思ったら、レイルの猫だ。猫は、牙猪の首の傷に飛びついた。
何やってんだ、あれ。
近付いてみると、首の肉を齧っている。
あんな硬いのに歯が立つのか? あぁ、死んだから硬化の魔法も切れたのか。
そりゃまあ、猫は肉食だが、こんな魔獣に食い付くとか。この前は魔狼の腹ん中に住んでたし、こいつ、本能をどっかに忘れてきたんじゃないのか?
まぁ、いい。とりあえず魔石だ。
「おい、食っててもいいが、邪魔すんなよ」
一応、猫に声掛けて
「イリス、傷の手当て、できるようならしとけよ」
イリス達にも声を掛けて、魔石を回収する。
牙猪の魔石は、薄緑色に輝いていた。
「フォルス、こいつ、肉は食べられるかな?」
レイルが、魔石を受け取りながら訊いてくる。
まぁ、猪みたいなもんだから、食えるかもしれないな。腿肉でも焼いてみるか。
猫が平気な顔で食ってたし、問題ないとは思うが、一応解析の魔法を掛けて毒がないことを確認し、一口大に切ったのを金串に刺して火の魔法で焼いてみた。
「レイル、食うか?」
「ん。もらう」
腕の中で猫に魔石を舐めさせていたレイルが寄ってきて、口を開けた。ものぐさめ。食わせろってか。しょうがないので、肉を口に入れてやる。
「結構美味い。今夜の夕食用に、肉も持ってこう」
「誰が作業すると思ってんだよ。ったく」
ブツブツ言いながら作業を始めると、イリスがやってきた。
ミュージィはサンドラの手当中のようだ。
「すみません。俺がやります。
あの、ありがとうございました。おかげで命拾いしました」
「ああ、まぁ、こういう時のために俺達が一緒に来てるんだ、気にするな。それよりミツバ草は大丈夫だったか?」
「はい、下げておきましたから。
それにしても、フォルスさん、魔法士だったんですか?」
解体作業をしながら、イリスが訊いてきた。
今更それか? ああ、そういや、
「意外だろうが、レイルの方が剣士だ。別に隠してるわけじゃないんだが、大抵驚かれる」
「もちろん驚きました。…レイルさんの強さにも、フォルスさんの魔法にも。
同時に何本もの矢を放つなんて、弓士にはできません。パーティーに魔法士がいると、違うんですね」
「まぁな。でも、魔法士は万能じゃない。得手不得手もあるし、魔法を使えば疲弊する。
仲間を増やすのもいいが、連携も大事だぞ」
我ながら偉そうなことを言ってるとは思うが、魔法士がいりゃ楽勝、なんて簡単なもんじゃないからな。
サンドラの治療も終わり、肉と首を俺が、魔石をレイルが、ミツバ草をイリスとサンドラが持って帰路に就いた。
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