1-4 魔狼との死闘

 朝飯を村長宅でご馳走になり、目指すは魔獣のいる森だ。

 レイルは、朝にはちゃんと自分の寝床にいた。

 そういう自己管理はきっちりしている奴だから、安心して夜遊びにも行かせられるんだが。

 森に向かいながら、作戦を練る。


 「氷を使う魔獣だから、火が効くだろうね。

  小技でいいから、火系の魔法でガンガンいっちゃって。射線には入らないようにするけど、そっちで避けてよね」


 「わかった。

  あまり考えたくないが、レイルより速い奴だったらどうする?」


 「僕の全力より速い奴? そうそういないでしょ。もしいたら、勝てないんじゃない?」


 レイルは冗談めかして言うが、まぁ、実際そんなに速い奴なら、俺の攻撃なんて当たらないだろうし、逃げ切ることもできないだろう。

 魔法で強化したレイルの最速がどれくらいなのかは、俺自身見たことがないが、少なくとも、今までにレイルの動きを目で追うことすらできなかったことは何度もある。それで駄目なら、2人ともおしまいだろう。




 気配を消すための結界を張り、時折索敵の魔法を使いながら、森の中を分け入る。

 昨日の野犬の位置から予想して探しているから、そう外すこともないと思うが…いた! でかい狼!


 「フォルス、先制攻撃だ。なるべく早いの」


 俺は、返事もせず魔力を練る。

 奴に魔力を感知されないよう、できるだけ早く、威力より早さと手数で勝負だ。

 炎の矢が5本、次々と飛んでいく中、レイルも加速して突っ込む。

 呆れた奴だ。魔法の矢とほとんど変わらない速さってありなのか? 火の魔力を宿した剣を水平に構え、走るというより滑るように突っ込んでいくレイルに対し、狼の周囲に氷の矢が4本出現した。

 僅かに炎の矢の着弾の方が早かったらしい。

 狼は、氷の矢を撃ち出そうとして踏ん張っていた分、避けられなかったらしく、5発とも命中し、氷の矢も消えた。

 初撃は上々だ。

 狼は慌てて体勢を整えようとするが、その前にレイルが突っ込んだ。

 身を躱していたようだが、当たりはしたはずだ。

 突っ切ったレイルはすぐに方向を変えて狼に二撃目の突撃を入れるが、今度は避けられたようだ。だが、俺に背を向けた隙に、炎の矢の第二陣をお見舞いしてやった。3発の内、2発は当たったはずだ。

 俺も少しずつ位置を変えながら、炎の矢を撃ちまくる。

 レイルが突っ込みやすいように、少し弧を描かせて上から降らせる。威力より早さで、撹乱と目潰しだ。

 レイルは突撃をやめて、狼の周囲を回り込みながら時折剣を振るっている。

 速さは互角か。俺は離れているから何をしてるか見えるが、近くにいたら、視界に収まっていてはくれそうにないな。

 もう少し援護だ。

 俺は、炎の矢に混ぜて土の槍を撃ち出した。

 同時に撃てるのは、炎の矢8本に土の槍1本が精一杯だが、うまく当たれば奴の動きを止められるはず。


 魔法の連発で息が上がり始めた。

 まずいな。もうじき打ち止めだ。

 槍を混ぜたのは失敗だったか。とはいえ、炎の矢だけでは通じそうになかったしな。

 何本目かの土の槍が、狼の右後脚にかすった。

 一瞬動きの止まった狼の首を、レイルの剣が斬り落とす。

 あの一瞬だけ、剣の魔力を火ではなく切断力強化に切り換えていたようだ。戦闘中に剣の属性を変えるのかよ。信じられない器用さだな。


 「フォルス、魔石探して。僕は疲れたから休む」


 レイルのところに行くと、レイルはへたり込んでいた。

 あれだけの戦いの後だ、そりゃ疲れたことだろう。まして昨日のこともあるしな。


 「おう、任せて休んでろ」


 俺は、狼の腹を割いて魔石を探した。

 大抵は心臓の近くにあるから、その辺を重点的に。しばらくして見付けた魔石は、俺の拳より大きく、青く輝いていた。


 「あったぞ。レイル、持つか?」


 「ん。あ、だめ、重たい。フォルスに任せる。頭も持ってってよ」


 「わかってる」


 レイルが荷物を持ちたがらないのはいつものことだ。

 いつもなら、嫌味の1つくらい言うんだが、今日は喜んで俺が持とう。

 狼の頭に状態保存の魔法を掛けて、麻袋にしまう。

 一旦村に戻って、今日も泊まっていくことにした。

 ばかでかい狼の頭を村長に見せて説明すると、腰を抜かしそうになって驚いていた。

 依頼と実態が違っていたことの報告書を書くよう村長に頼んで、また飯を食って寝る。

 さすがに今日は、俺も本気で疲れた。

 朝、目を覚ますと、レイルは帰っていなかった。どこかに泊まったみたいだな。

 今日はもう帰るだけだし、文句を言う気もない。

 朝飯を食い終わる頃、レイルはしれっと戻ってきた。


 「おはよ。じゃ、帰ろっか」


 「おう」


 村長から、依頼達成と状況説明の報告書を受け取ると、俺達は村を後にした。




 ギルドに顔を出し、セシリアに村長の報告書と狼の頭と魔石を見せ、事情を報告する。


 「野犬もいたらしいが、この狼の魔獣に食われてた。

  まぁ、俺達が受けてよかったよ。おっそろしく強かった。

  この狼は、いったい何だ?」


 村長の報告書に目を通したセシリアは、狼の頭と魔石を見て、伸ばした指を額に当てて考え込んだ。

 そして、


 「はっきりしたことは言えませんが、魔狼ではないかと思います。

  この魔石、お預かりしてもよろしいですか? 私でははっきりしたことはわかりませんので、調べてもらえるよう掛け合います」


と言ってきた。


 「預けるのは構わないが、魔狼ってのは、いったい何なんだ?」


 「氷の魔法を使う狼の魔獣です。

  まあ、見たままですね。

  私の知る限りでは、もっと北に生息しているはずなのです。どうしてあんな森にいたのか…」



 「ま、頑張って調べてよね。

  それより、あんな強い奴と戦わされたんだから、報酬ははずんでもらえるんだよね。

  こうなることを読んで、僕らを行かせたわけだし」


 後ろで待っていたはずのレイルが口を挟む。

 俺がやんわりと交渉しようと思ってたのに、まったくこいつは。

 とはいえ、そのとおりではある。


 「まぁ、レイルの言うとおりでね。今回は、俺も限界まで魔法使って、結構ヤバかったんだ。

  野犬狩りの報酬じゃ、割に合わない」


 「ええ、割増額は、この魔石の調査が終わってからになりますが、仮に魔狼だったとすれば、500ジルは出ると思います。

  今日のところは、当初の報酬額だけのお渡しになりますが…。それと、こちらが魔石の預かり証になります」


 「結果がわかったら、連絡よろしく。

  いつもの宿にいるんで」


 俺達は、とりあえずの報酬を手に、浴場に汗を流しに来ている。

 この町には大衆浴場があって、俺達は仕事帰りによく使ってる。

 高級宿みたいに個室ってわけじゃなく、周りには仕事帰りの街の連中が沢山いるが、やっぱり湯に浸かると、疲れが抜けていく気がする。

 一通り体を洗って、一緒に湯船に浸かっていると、レイルが話しかけてきた。


 「で、フォルスは、いつもどおり娼館?」


 「そうだなぁ。レイルは来ないんだろ?」


 「当然。夕べ十分楽しんできたし。

  ま、フォルスを見たら、普通の女の子は逃げちゃうよね。

  せいぜいお金払って楽しんでおいでよ」


 確かに、俺は汗を流した後、娼館に行くことが多い。実際これから行くつもりではある。

 レイルは、一夜限りの逢瀬と割り切って楽しむ主義らしく、商売女を嫌う。

 まぁ、他人ひとの趣味だから、特に何か言うつもりもないが、娼館に行くと言うと、妙に蔑んだような目で見てくるのはやめてもらいたい。

 遊びで女抱いてるお前には文句言われたくないんだよな。そんなことは言わないが。

 とにかく、今回の依頼は無事終わった。

 あの狼が何であったとしても、それを考えるのは俺の仕事じゃないからな。





次回予告

 思いがけない魔狼との戦いを終えた2人は、魔狼探しの依頼を断り、気楽にこなせる依頼を捜す。

 次回、「ごつひょろ」2話「肩慣らしにはリザードマン退治で」

 リザードマン退治から戻った2人を待っていたのは…。

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