1-2 いるはずのない魔獣

 野犬が増えて困っているというセルジュ村に向かう途中、俺達は依頼の根幹をひっくり返すものを発見した。何かに食い散らかされた数頭の野犬の骸だ。


 「レイル、たしか俺達が請け負った仕事って、野犬退治だったよな。

  俺、なんとなく野犬退治の必要ないような気がするんだが」


 「だから、あの女の勘は信用できるって言ったじゃない。

  僕らじゃないと手に負えないような魔獣がいて、そいつに追われて野犬が人里に降りてきてるってとこだろうね。

  帰ったら、ちゃんと報酬上がるように交渉してよね」


 「帰ったらな。

  それよか、こいつら何に食われたんだろうな。

  魔獣の類だろうとは思うが」


 「そんな当たり前のこと、偉そうに言われてもね。

  でも、変だな。魔力の残滓を感じない。魔法、使わなかったのかな。それとも使えない?

  フォルスの目には、何か見える?」


 「いや、何も。

  まいったな。純粋な肉体能力だけで野犬の群れを襲えちまうような奴が相手か」


 俺の目は、魔素や魔力の流れを見ることができる。そのせいか、魔素を誘導することもできる。

 魔法士でも滅多に持っていない、珍しい力だ。

 俺は、この能力を師匠に見出されて魔法士になった。

 魔法は、周囲の魔素を体に取り込み魔力に変換して使うものだ。

 魔素を魔力を換えつつその魔力を使ってやることを明確にイメージする──これを“魔力を練る”という──ことで、魔力に方向性を与えて発現させる。

 魔法を使うと、魔素が消費される。使われた魔力はやがて魔素に戻るが、一時的に周囲の魔素の量は減る。

 だから、魔素が見えるってのは、魔法を使う上で、とても有利な条件になる。

 周囲の魔素の量や、相手の魔力の流れが見えれば、戦術の組み立てが変わる。

 一般的な魔法士は、魔素を肌で感じてなんとなく把握するもんらしいから、正確性がまるで違うってわけだ。

 レイルは剣士だが、そこらの魔法士よりよっぽど正確に魔素を感じることができる。

 なにしろ、レイルは、剣士のくせに魔法も使えるからな。

 といっても、魔法士みたいに使えるわけじゃなくて、剣に纏わせたり身体強化に使ったりっていう変わった使い方しかできないが。


 ともかく、俺の目にも魔力の残滓が見えないってことは、この野犬を食った奴は、魔法を使わずに野犬を殺せるだけの身体能力を持っているってことだ。それも数頭いっぺんに。

 前衛のレイルが抜かれたら、俺は死ぬな。

 厄介な相手だが、それ以上に、どんな奴なのかもわからないから警戒するのも難しい。

 歯形からすると、そこそこ大きいことが窺えるが、魔獣なのか熊の類なのか。

 魔獣だとすると更に厄介だ。

 魔獣は、魔法を使う。

 魔獣の体内には、“魔石”と呼ばれる魔素の結晶のようなものがあって、魔獣は魔石の力で自在に魔法を操る。

 人間が体内に取り込んだ魔素を魔力に変換するためには、精神の集中と体力を必要とする。わかりやすく言うと、口と鼻を布で覆ったまま全力疾走するようなもんだ。

 俺の場合、体を鍛えることで、魔力総量──一度に魔力変換できる量を上げた。要するに、有り余る体力にものを言わせて、魔力を練ることによる消耗に耐えているわけだ。

 細かいやり方は人によりけりだから一概には言えないが、俺の魔力総量は、そこら辺の魔法士には負けない。

 対して、魔獣は魔石のはたらきで、息をするように魔素を魔力に変えてしまう。

 魔獣の種類によって、魔石には属性というか方向性があって、魔法に対して得手不得手がはっきりしている──例えば水系が得意とか──が、その代わり魔法を発動するまでの早さも、持続力も、人間とは比べものにならない。


 「相手がどんな奴か調べたいところだけどな」


 「へたに近付いたら、待ったなしで戦闘になるんだけど。まさか、そんなバカなこと考えてないよね」


 「当たり前だ。俺は命が惜しい。

  風上に大回りして気配も消して、なんとか姿だけでも見らんねぇかな」


 「できるだけ距離を取って試してみる? 距離があれば、最悪でも迎撃しやすいし」


 「そうだな。慎重にいこう」




 そして、運良く食事中の魔獣やつを見掛けた。

 食事中だから、下手に邪魔しない限りは追ってこないだろう。

 奴の足下には、3頭の野犬が倒れている。

 野犬の大きさがさっきの死体と同じだとすると、奴はその倍ほどの大きさの狼のようだ。

 普通の狼にしちゃでかすぎるし、魔獣で間違いないだろうが、あんな狼型の魔獣なんて、この辺にいたか?


 「おいレイル、あれ、野犬に見えるか?」


 「なに? もしかしてフォルスってば、頭だけじゃなくて目も悪くなったの? やばいなあ、眼鏡とかって、僕らの商売じゃかなり致命的らしいよ?」


 「レイル、俺には、あれは野犬に見えないんだが、お前には野犬に見えるのか?」


 「バッカじゃないの!? あれが野犬でなくてなんなのさ。もちろん、食われてる方だよね」


 「もちろん、食ってる方だ。

  あんな狼、俺は聞いたことないんだが。俺がものを知らないだけかな」


 「大丈夫。僕にもわかんないから。

  とりあえず、敵の姿は見たし、あいつが食事に夢中になってる間に離れよう」


 俺達は、魔獣を刺激しないよう気をつけながらその場を離れ、セルジュ村へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る