ごつい魔法士とひょろい剣士

鷹羽飛鳥

1話 北の森の魔狼

1-1 野犬退治のはずが…

 「おいレイル、あれ、野犬に見えるか?」


 「なに? もしかしてフォルスってば、頭だけじゃなくて目も悪くなったの? やばいなあ、眼鏡とかって、僕らの商売じゃかなり致命的らしいよ?」


 目の悪い奴が遠くを見えるようになる眼鏡って道具は、激しく動くとすぐずれたり落っこちたりするから、街ん中で働いてるような奴には便利だが、俺達みたいに、基本、外を出歩いて雨に濡れたり戦ったりといった荒事をするもんには向いていない。

 俺達──俗に冒険者と呼ばれる何でも屋には。


 「レイル、俺には、あれは野犬に見えないんだが、お前には野犬に見えるのか?」


 重ねて訊くと、レイルは呆れたような声で答えた。


 「バッカじゃないの!? あれが野犬でなくてなんなのさ。もちろん、食われてる方だよね」


 今、俺と相棒のレイルは、野犬退治の仕事を請け負ってセルジュ村に向かっている最中だ。

 俺達の住む街ジールダと北にあるセルジュ村を結ぶ街道から少し外れたところにあるこの森に、野犬の群れが住みついたらしい。

 かなり凶暴な奴ららしくて、森に入ったセルジュ村の者が襲われたんだそうだ。

 それも1人や2人じゃない。この前、とうとう大怪我したのがいるってんで、ギルドに依頼があったんだそうだ。

 そして、昨日、俺達はギルドで野犬退治の仕事を引き受け…押しつけられたってわけだ。




 昨日、適当な仕事を探しにギルドに行った時のことだ。

 俺達を担当するマネージャーのセシリアが声を掛けてきた。


 「フォルスさん、野犬退治、受けてくれませんか?」


 「野犬退治? なんでそんなしょぼいのが俺達んとこに来んだ?」


 野犬退治なんて、そんな大層な仕事じゃない。9級辺りが妥当だ。

 この国では、ギルド所属の冒険者は、実績や貢献度に応じて1~10級に分けられる。登録した直後が10級で、仕事をこなしてギルドに貢献していくと徐々に昇級し、7級からは担当のマネージャーが付く。

 以後、ギルドとのやりとりはマネージャー経由でやることになる。マネージャーは、こっちの能力なんかを把握して効率的に仕事を割り振るのが仕事で、1人で複数の冒険者パーティーの面倒を見ることになる。

 このセシリアは、軽くウェーブの掛かった金髪に青い目、眼鏡がチャームポイントの知的美人だ。俺達がこの街のギルドに流れてきた時、最初に受付で出会ったきりだった相手だが、縁があったのか、俺達が7級に上がった時にマネージャーに就いた。

 俺とレイルがこの街で仕事をするようになって1年ちょい、今は6級に近い7級だ。

 野犬退治を斡旋されるほど仕事に困っちゃいない。


 前衛で剣士のレイルと、後衛で魔法士の俺。

 逆に見られることが多いが、小っこい方が剣士のレイルだ。

 俺の胸辺りまでしかない身長で、硬革の胸当てと小手と脛当てしか付けていないから、マントを羽織ると魔法士に見える。

 一応、腰から剣を提げちゃいるが、刃の幅は指3本くらいで長さは手よりちょい長いくらいと、マントの下にほとんど隠れてるから、まぁ、剣士とは思えないだろう。

 黒髪茶目で、少々目つきが悪いが整った顔立ちをしていて、女にもてる。

 というか、女遊びが過ぎるのが難点だ。

 俺は平均より頭半分高い背と、それなり以上に鍛えられた筋肉と、いかにも体力がありそうな外見で、──いや実際体力はあるが──前衛に見られることが多い。後衛だって言うと、大抵驚かれる。いいじゃないか、筋骨隆々の魔法士がいたって。俺はこの体格だからこそ魔法士やってられるんだ。魔法を使うには、体力がいるんでね。

 それはともかく、俺達に限った話じゃないが、魔法士がいるパーティーの攻撃力ってのは強力で、普通、名指しで仕事が入る時は、それなりの火力を求められてるもんだ。

 野犬ごとき、1匹くらいなら素人にだって倒せちまう。

 いくら群れが住み着いたからといって、魔法士を呼ぶような仕事にゃならんはずだ。


 「確かに、普通ならフォルスさんに行っていただくような仕事ではありませんが、少々事情がありまして。

  実は、大怪我をした人というのが、依頼人である村長の息子さんだそうで、治癒士のいるパーティーがいいと指定されてるんです。

  治癒士のいるパーティーとなると、野犬狩り程度の報酬ではなかなか呼べませんから」


 「俺に治せってことになる、と」


 「申し訳ありません。

  こんな報酬で動いてくださるのは、フォルスさんくらいなんです。

  どうか受けていただけないでしょうか」


 なるほど。治癒士が欲しいってのがメインの仕事か。

 治癒士ってのは、文字どおり治癒術──治癒の魔法や薬草なんかを専門に扱う連中だ。

 魔法士にも得手不得手があって、火系が得意な奴、水系が得意な奴、幻術系が得意な奴と、様々だ。俺みたいにどれでも一通り使える奴もいれば、どれか1つに特化してる奴もいる。

 特に、治癒魔法は、攻撃系とは勝手が違うから苦手な奴が多く、逆に治癒魔法が得意な奴はえてして攻撃系が苦手ときてる。

 だからこそ、治癒魔法が得意な奴は、魔法以外にも治療系の知識技術を磨いて治療に特化していく。いきおい戦闘能力は低いから、荒事をこなせるやつらと組んでることが多い。

 そして、そういうパーティーは大所帯になりやすいから、端金はしたがねじゃ動かない。

 その点、うちは2人組だから、同じ額の報酬でも分け前は増えるし、この前、ちょっと大きい仕事をして稼いだばっかだから、懐もあったかい。

 そして何より、俺は治癒魔法を使える。そりゃ、頼みたくもなるだろう。


 「い…」「やだね」


 俺が了承しようとすると、レイルが遮って断りを入れた。

 ああ、まぁ、レイルは受けたくないよな。

 面白味もない、金にもならん依頼なんだし。


 「おい、レイル」


 「僕らを便利屋にしたいだけだよね、この女」


 「けど、俺達が適任だってのは確かだぞ」


 「割に合わない仕事だってわかってるよね、フォルス。何か得るものがある?」


 レイルの言うとおり、俺達なら損をしないってだけで、仕事としてはおいしいところがない。


 「それはそうだがな、レイル。俺達以外だと収支はマイナスだ、受け手はいないぞ」


 「それ、僕らのせいじゃないよね。安っぽい同情なんて1ジルにもなりゃしないよ」


 レイルの言ってることは正論だ。俺達は慈善事業をやってるわけじゃない。

 自分の命を賭けて仕事をする以上、それなりの儲けは必要だ。安い仕事を受けるってことは、自分達の価値を下げることになる。下手すりゃ、今後指名依頼を安く設定されかねない。

 もっとも、レイルが反対しているのは、セシリアに対する反発が主だからなぁ。

 仲が悪いというよりは、一方的にレイルがセシリアを嫌っている。

 それも考え合わせると、断るのは得策とは言い難い。


 「ギルドの信用ってのは金では買えない利益だと思うんだがな」


 「ギルドっていうか、セシリアそいつの一存なんじゃないの?」


 「ええ、まあ、私の判断でお願いしているのは確かなのですが」


 ありゃ。せっかくフォローしてやろうと思ったのに、自分で潰してきたよ。


 「そんじゃ、セシリアが俺達に依頼しようと思った根拠は何だ?」


 「女の勘、でしょうか。フォルスさん達でなくてはいけない気がするのです」


 勘…ただの勘か?

 「おいおい、さすがにそれじゃ乗れないぜ」


 「いや、受けよう」


 「なに? どういうことだ、レイル。さっきまで反対してたくせに」


 「この陰険女が処女おんなの勘だって言うなら、信用できる。

  僕らのメリット云々とか嘘臭いこと言ったら意地でも受けないけど、勘だってんなら受ける価値がある」


 なんか、釈然としないんだが…。まぁいいか。レイルもやる気になってるし。


 「んじゃあ、野犬退治と怪我人の治療だな。受けた」


 「よろしくお願いします」




 そうして依頼を受けてセルジュ村に向かう途中、森でとんでもないものに遭遇しちまったってわけだ。

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