勇者という呪い
冬蛍
第1話
私は8歳の時に売られた。
否応なく人間兵器にされた。
寿命を力に変換する。
そんなの呪いの類だと私は思うけどね。神様よ。
生家のあった村は貧しく、不作というその年の事情も合わさって、素質の簡易判定の魔道具で選別された結果、村の子供の中で一番高値で売れると、私が選ばれたのだ。
この世界は人間と魔族のどちらかが、滅びるまで戦わざるを得ないらしい。
好む生活環境が、瘴気に溢れている土地であるか否か。
単純で、双方が譲ることができない大きな問題。
勿論、共存とか無理。
難しい話は私にはよくわからないが、プレートという物が動き、魔族のみが住んでいた大陸と魔族以外が住んでいた大陸が年々接近し、ついにはくっついてしまった。
そこまででプレートの動きは止まったらしいのだが、それはどうでも良い。
そうした事態で双方の生活環境がそれぞれに悪化し、争いが生まれたのがことの発端である。
瘴気を浄化する植物ばかりの大陸と、瘴気を生み出す植物ばかりの大陸が結合なんかしたら、そりゃあもう大変なことになるのは当然だ。
殺しあって土地を奪い、相手が好む植物を焼き払って自分らが好む植物を植える。
そんな繰り返しが行われて、戦力的にも拮抗状態が長く続いたのだが、魔王という存在の出現でその均衡は崩れた。
魔族の勢力圏は元が全土の5割だったのが、徐々に広がり、今や8割に達しようとしている。
魔王を倒せる存在を、人々は神に願った。
その結果、教会に神託が下された。
魔力適正の高い子供に、異界の魔王の因子を植え付け、適合者は様々な形で戦う力を得る。これは神託でもたらされた、神器を用いて行われる教会の秘奥だ。ただし、それは生命力を一気に燃やして力にする行為であり、寿命は激減する。要は、強い者ほど寿命は短くなる。
そして嫌らしいことに、敵の魔王を倒すと、魔王の魂がバラバラになり、適合者全員に吸い込まれて補完されるらしい。つまり、魔王を倒せば失ったはずの寿命が戻るのだ。
しかしながら、美味い話ばかりではない。
魔王側にも少し似ている部分がある。魔王が得るのは寿命ではなく、力という違いはあるけれど。
魔王が異界の魔王の因子を持った者を殺せば、それを取り込んで力が強化されるらしいのだ。
初期の頃は、数で当たればなんとかなるだろうと、適合はできたが、戦闘能力が低いという者でも次々に戦線へ投入された。
彼らは、一般的な魔族である敵兵に対してはそれなりに戦えたが、魔王はそうした因子を持つ特殊な人間を好んで狩った。そんなことが一時ではあるが繰り返され、魔王は更に強くなってしまう結果となったのだった。
幸いなことに、魔王には妙な特性があった。
それは、魔族の支配領域の中でも瘴気が強い場所ほど魔王の戦闘能力が高まり、瘴気が薄い場所では弱体化するという物。弱体化してしまうような場所は、魔王にとっては滞在することだけでも苦痛を伴うらしい。まぁ弱体化していても強すぎるらしいが。
要は、滅多に最前線へ出ることはなく、出てきても短時間で撤収するのだ。
そんな経緯もあり、人側は対抗手段として、少数精鋭の方針へと舵を切る。露払い役に徹して戦う者と、魔王に対峙して戦う者とに能力で仕分けを行う。
それは必然であったのかもしれないが、私にとっては大迷惑。
私は何の因果か、異界の魔王の因子に最優秀で適合してしまって、勇者の称号も得てしまった。
意思の力で聖剣を生み出す能力まである。そして、16歳になったばかりの女の子。
容姿?
顔立ちは不美人ではない程度に整っている。(美人だとは言ってない)
スタイルは、うん。まぁ。デブではない。これ以上のコメントを求められたら、戦争しかなくなるけどね。
因子の影響が強すぎるせいで、おそらく長くは生きられない。残りは3年といったところだろうか。悲しみ。
何で寿命の残りがわかるのか?
そんなことを聞かれても、「何となくそう感じる」としか答えられないよ。
因子を持った人間には共通する話だから、そういう物だと思って欲しい。
死期を悟ってるだけだしね。
教会は聖女を。
冒険者ギルドは女戦士を。
魔術師ギルドは魔女を。
やはり因子が強い最強戦力を出して来た。
彼女たちも寿命は短い。
もっとも、残されている時間は、私よりは少しは長いだろうが。
そうして出発の準備をしていた私のところへ教皇がやって来た。彼は秘密にしていた神託を私に打ち明けに来たのだ。
「それでは、魔王を倒した後に、因子を持つ処女の生き血が触媒となってその魂を分解すると仰るのですか」
「そうだ。教会としては『聖女にその役目を』と言いたいところなのだが、それでは、魔王討伐に赴く意味が彼女の中からなくなる。それとは別に、君を含めて戦力の全員が処女の女性だという事実は確認済みだ。おっと、これから処女を散らそうなどとは考えないでくれよ。それをされると拘束せざるを得ない。勿論、帰還後にも判定する道具で調べさせて貰うよ。道中で馬鹿なことはするなよ」
「それは、複数で血を注ぐのではダメなのですか?」
量の問題であればそれで解決する道もあるはず。
私は、そう考えて聞いてみた。
「神託ではそれはダメとされている。理由は開示されていないからわからないが、1人の人間が絶命するのも条件に含まれている」
死にたくないから。
長生きしたいから。
その可能性を自力で掴むために、私を含む4人で魔王を倒しに行く。
でもしかしだ。倒しても、その後死んでくれって話じゃ、誰も行くはずがない。
そんなことは、賢くはない私にだってわかる。
「では、どうしろと仰るのですか? まさか、私に死んでくれって話でもありませんよね」
「勿論だ。そして、他の3人にはこの神託を開示する気はない。力づくでとなった時、君の力は3人と同時に戦っても上回るからな。死を強制できる者が居て、それを知っていれば、魔王討伐に行かずに逃げ出すのがオチだ」
教皇の言いぐさはアレだが、内容は納得できてしまう。
私だって、立場が逆なら、そんなの残りの余生を楽しむ方向に思考を切り替える。
そして、他の3人は私とは違う。
あと10年ぐらいは生きられるはずなのだ。
もっとも、その10年間の間に、魔族が完全勝利する可能性もあるはずだけれど。
その可能性は「これまでの経緯から予測するならばかなり高い」と言える。
困ったことに、私の力だけでは、魔王の討伐には届かない。
他の3人の力が、魔王討伐には必要。
だから、3人が逃げ出すような話にはできない。
教皇によれば、神託で4人の戦力が望ましいとはっきり出ているらしい。
私が感じているのは、4人で挑んでもギリギリの戦いになる予感のみ。
しかし、今の人選以上に勝利の可能性があるパターンがない。
他にどうしようもないのだから、あとは賭けである。
「君の判断で、対処を任せる。魔王討伐が成った後に、仮にその場で3人を皆殺しにして血を捧げたとしても、文句は言わないし、罪にも問わない。教会がその事実を暴露することもない。3人が死んだ場合は、他に大勢いる因子を持つ者が助かるのだからな。それに、そもそも、魔王の討伐が成るとは限らないし、勝ったとして全員が無事に生きている保証もない。教会の人間が現場で状況を見ることができるはずもない。何が起こったとしても、真実は藪の中になるだろう」
「そのお話だと、倒せたけれど私が死んで他の3人の誰かか、3人全員が生き残ってる場合に困るのではないですか?」
「ああ。そうだな。だが、神託を事前に教えることは、総合的にリスクを考えるとできない。それに最も強い君だけが死んでいる状況を、私は想定できない。その時は魔王が君の因子を取り込んで強化されているから、他の3人が生き残れないと考えている」
話の辻褄は合っている。
神託の正誤を確認する術は私にはないが、教皇がそれを嘘で固めて私を騙した場合は神罰が下るだろう。
具体的には、彼が神託を受託する能力が永遠に失われるはずだ。
よって、私は彼の話を信用するしかない。
疑っても意味がない。
と言うか、神罰を魔王に与えて貰えませんかね?
あ、できないんですか。そうですか。(教皇談より判明)
神って言う割にはしょぼいな。
「確認します。処女の生き血があれば良いのですね? 他は、”因子を持つ者の”という条件だけクリアすれば良いのですね? それは私たち4人の中の誰かである必要はありませんね?」
「その通りだ。君たちの誰かに限定されてはいない」
「では、教会で志願者を募って下さい。戦力外の5人目の仲間として連れて行きますよ」
志願者は見つかった。
志願したのは、私の知り合いだった。
村でよく一緒に遊んだ記憶がある。2つ年下の彼女は今年売られたらしい。
その理由は私の時と同じだ。
そして彼女が志願した理由と言えば。
「もう二度と、村から売られる子を出したくないんです。教会は、私が志願すればそうならないように20年間の援助をしてくれる。魔王討伐で”因子を持つ者”で生きている者の寿命が回復した暁には、追加報酬として20年がずっと続けるに変更される。そう誓ってくれました」
私は売った側を恨んでいる。そんな村を助けようなんて気にはならない。
だが、彼女の精神性は私のそれとは異なっているようだ。
「まぁ、貴女が納得しての行いなら私はそれで良いけどね。できる限り守る努力はするけれど、その時が来るまで生きていないと意味がないから、死なないように頑張ってね」
死を覚悟している人間に、掛ける言葉としては間違っているのかもしれない。が、私にはそんなことしか言えなかった。
そうして、5人で魔族討伐の旅へと出発。
旅路は問題なく順調に進んだ。
瘴気の濃い環境でも、因子のおかげで私たちは問題なく活動ができる。
これって人を魔族化する呪いじゃないか?
そんなことを私は真剣に思った。
答えは出ないけれど。
村娘としてそこそこの年月を生きて来て、会わない間に家事全般が万能になっていた私の昔の知り合い。
旅路では戦闘でこそ役に立たないものの、便利屋扱いで重宝されるポジション。
彼女は、ムードメーカーで、聖女、女戦士、魔女の3人とは直ぐに打ち解けていた。
私は距離を置いていたけれどね。
死ぬ予定の相手と仲良くしても仕方がないもの。
変に情が移ったら困るだけだし。
もっと言うと、「あの村の人間なんて」という意識があったのも事実だしね。
私が後に知った、志願した彼女の因子を持ったことで得ていた力は、戦闘にはあまり役には立たない。しかしながら、”魔族の攻撃を受けずに生き残る”という一点に置いては、極めて有用な力だった。
彼女はなんと、自身の容姿を魔族に擬態することができる力を授かっていたのである。
魔王との死闘でも、その能力は遺憾なく発揮され、彼女は離れたところで逃げ回って、戦闘を見物していただけだった。
時折、魔王の攻撃が急に向きを変えていたのは、彼女がその射線上に居たことと無関係ではないと思うが。
そうした、急な攻撃対象の変更がフェイントのように作用して、結果的に、女戦士と魔女は命を落とした。その度に魔王は強化されてしまった。
だが、魔王の無茶なそうした行為は、同時に隙も生み出していた。私はその隙を見逃さずに手傷を与えて行く。
最終段階。
魔王は私の与えた数多の傷で、その動きを鈍らせた。鈍ったところへ、聖女の弱体化結界魔法が通る。
そうして、魔王は私の聖剣に貫かれて倒れた。
魔王討伐は成ったのである。
「この死因なら、24時間以内であれば、私の蘇生魔法で生き返れる可能性があります。魔力の回復を待たないといけませんけどね」
魔力回復のポーションをグビグビ飲みながら、聖女は死者2人を見てそんなことを言った。
女戦士も魔女も、心臓への一撃で死んでいるため、聖女には蘇生が可能らしい。
知らなかった。
だが、彼女の口から”死因”と言葉が出たのと、教皇が聖女の能力を知らないはずがないため、生き血を捧げた後に蘇生魔法で生き返らせるのは、無理なのだろうと想像がつく。
理屈はよくわからないが、そういうものなのだろう。
たぶん、きっとそう。
「聖女様~。魔王は倒せたみたいですけど、寿命が戻った実感がないです。ちょっと魔王の死体を調べて貰えませんか?」
生き血を捧げて死ぬことを志願したはずの女が、妙なことを言い出した。
だが、私は今は満足に動くことはできない。
少し休まなければと、私は座り込んで魔王の死体と、そこへ近寄る2人を眺めていた。
「なんで?」
最後に聖女はそう言った。
私に聞こえたのはそれだけだったのだ。
彼女の表情は私の位置からは見えなかったが、驚きか苦痛かを表情に出していたのだろうと思う。
彼女の背には、女の短剣が突き刺さっていた。
おそらく剣先は心臓に達しており、どう見ても致命傷。そして彼女の血が魔王の死体に降り注ぐ。
更に、女は彼女の腹部をも切り裂いた。
短剣の予備も持っていたのね。
酷いことをするものである。
だが、そうこうしているうちに、魔王の魂はバラバラになったようで。
私へそれが流れ込んできた。
寿命を回復した実感がある。
これにて、本当の意味で、魔王討伐は完了したと言えるだろう。
「教会は私が死ぬより、聖女様が自ら志願して犠牲になったってストーリーのほうが喜びますよね」
やり切った顔で、女が私に近づきながらそう言った。
それはその通りかもしれない。
だが、彼女のしたことは、女戦士や魔女の蘇生の可能性も奪っている。
「みんな、自分の命が惜しいから、戦ったんですよね。なら、私だって自分の命を繋ぐ努力をしたって良いじゃないですか」
「その理屈だと、今のを見ていた私も殺すの?」
「まさか。私だけじゃこんな場所から生きて街まで帰れませんよ。貴女なら3人死んでいても、それで怒ったりしないでしょう? それに、私たち、昔馴染みの間柄じゃないですか」
それもその通りだ。
女の擬態の能力を使っても、ここから遠い街まで無事に帰るのは不可能であるだろう。
道中には、人や魔族に襲い掛かるような、危険な野生動物だって存在するのだから。
そして、3人の彼女たちは単なる魔王討伐の戦力として仲間になっただけで、私の友人ではない。
仲間の死を悼む気持ちが全くないわけではないけれど。
そもそも、いくら蘇生の可能性があったとは言え、2人の死因は魔王との戦闘中の戦死である。
しかしながら、その彼女たちが戦死した理由に、目の前の女が関与していたことを、私は思い出してしまった。
「うん。無理」
私は少しばかり戻った体力の全てを剣戟へと注ぎ込み、聖剣で女の首を刎ねた。
だって、この女。よく考えたら殺人犯でしかないでしょ。
詐欺師とも言えそうだし。
仲間を殺した殺人犯。しかも現行犯。死刑で良いよね。
「結局、生き残ったのは私だけ。か」
独り言がこぼれ落ちる。
なんだかなぁ。
そんな感想しか出ない魔王討伐の旅の結末に、私はなんとも言えない気分になった。
経緯はともかく、魔王の魂をバラバラにするのに役立ったのは聖女の生き血であったことは間違いない。「あれを生き血って言うのかな?」と、思わず疑問を口に出してしまったのも、出ている結果が問題ないので別に良いのだ。
なので、後日譚として、教皇へは正確に状況を報告し、その結果、教会が聖女の死を盛大に喧伝して利用した事実があっても、私に思うところなどない。
教会は、あの女との契約と誓いを、私の報告から知った状況が状況だったために、契約が不成立として反故にするようである。
追加報酬はともかくとして、女の志願の部分の契約を反故にするのは、それはそれで違うんじゃないか?
そう思えたのは事実だが、さりとて、恨みしかない村が得をする話に、私は積極的に関与する気なんて起きない。
反故に対しての神罰もなかったようで、神様の判定基準もよくわからないが。
ま、私はこの勇者の力と、伸びた寿命でこれからの人生を謳歌させて貰おう。
魔族との戦争?
知らんがな。
私はもう十分に働いたと思うよ。
寿命を質に取られて、良いように利用されたんだ。
魔王はもう居ないから、後は皆で頑張ってくれたまえよ。
まぁ私と同じように考える因子を持った人の、反逆とかもあるかもだけど。
それも含めて知ったこっちゃない。
そんな感じで、魔王討伐の報酬を全てお金と宝石で貰った私は、別人の容姿に変装して、その後の人生を楽しんだ。
美人に化ければ、男は寄って来るから、その中で最高の相手と思える人を選べたしね。
私の長い幸せな時が過ぎた後、「魔王討伐時に外見を思うように変質させる変化の指輪がドロップした時から、この結末は決まっていたのかもしれないなぁ」と、思う。
私が産んだ一人息子は、勇者にしか見られない隠し称号を持つ。
息子は、異界の魔王(未覚醒)を持ったまま、立派な青年へと成長していたのだった。
勇者という呪い 冬蛍 @SFS
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