第113話 妖怪と死者1

 それから、しばらく琴音と仏童丸ほとけのわらべまるが話し合っていた。女将が消えた後の荒れ地だ。蒼汰も会話に加わりたかったのだが、仏童丸の平安時代の言葉がまるで理解できなかったのだ。


 明日香も同じだろう。明日香も蒼汰と同様に琴音から少し離れたところで、琴音と仏童丸をながめて立っていた。


 琴音との長い話が終わると、仏童丸はどこかへ去っていった。


 琴音が明日香と蒼汰を呼んだ。仏童丸との話の内容を伝えようというのだ。


 琴音のまわりに蒼汰と明日香が集まった。各々が手近の大きめの石に腰かけた。明日香が3人の蒼汰人形に命じた。


 「ネグリジェ蒼汰、ワンピ水着蒼汰、パンスト蒼汰。私たちの話が終わるまで、女将にまた襲われないようにまわりを警備しなさい」


 3人の人形蒼汰が、蒼汰たちに背を向けて警護に入った。


 琴音が口を切った。


 「いま、仏童丸からおどろくような話を聞きました。ここは昌泰三年、つまり西暦900年の平安時代の鳥辺野とりべのには間違いないんですが、仏童丸の話を聞くと、私たちの現代から遡った時代とはちょっと違うようです」


 「どう違うの? 琴音ちゃん」


 「ここは人間だけの世界ではなくて、人間と妖怪と死者が混然となって存在している世界みたいなんです。人間というのは、たとえば、さっきの仏童丸ですね。妖怪というのは、たとえば、ろくろ首の女将です。そして、死者なんですけど、仏童丸の死んだおじいさんがお役人として、この鳥辺野を治めているらしいのです。そのおじいさんというのが、実は小野おののたかむらなんです」


 「え、小野おののたかむらだって?」


 蒼汰が叫んだ。思いもかけない名前が出てきた。


 小野おののたかむらは、平安時代に、この世と地獄を井戸で行き来していたという人物だ。蒼汰は明日香にたかむらゆかりの六道珍皇寺と千本ゑんま堂に案内されたことを思い出した。


 琴音が話を続ける。


 「ええ、そうなんです。小野おののたかむらは延暦21年に生まれて、仁寿2年に亡くなっています。西暦でいうと生まれが802年、没年が853年です。ここがいま西暦900年ですから、いまから47年前に亡くなったことになります。それで、小野おののたかむらの子どもが小野おのの良真よしざねです。良真よしざねの生没年はよくわかっていません。そして、良真よしざねの子どもが小野おのの仏童丸ほとけのわらべまると小野小町なんです。仏童丸が弟で、小町が姉ですね。私たちの世界の文献では、小町には姉がいたと言われていますので、仏童丸を入れて、3人姉弟だったのかもわかりません」


 「ええ、小野小町? 西壁さん、あの有名な小野小町はさっきの仏童丸の姉なの? そんなバカな」


 あの貧相な仏童丸の姉が、絶世の美女といわれた小野小町だって? 


 蒼汰の頭は混乱した。そんなバカなことがあるはずはない。

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