第107話 花嫁行列3

 蒼汰は眼を開けた。


 ここはどこだろう?


 周りは真っ暗だ。蒼汰は横になっていた。身体が横たわっている床は木製のようだ。手足を動かすとすぐ横に木の壁があった。頭の前にも木の壁がある。木の壁? 狐との激闘が思い出された。


 そうだ、長持ながもちだ。ここは長持の中だ。僕は長持の中に吸い込まれたのだ。


 蒼汰は長持から出ようとした。ふたを押し上げようとして、両手を頭上の木の壁に向けて押し上げた。ふたは動かなかった。左右の壁を押した。壁も動かなかった。足を下に蹴った。下の床も動かなかった。


 閉じ込められた・・・


 蒼汰に恐怖が浮かんだ。脂汗が額に浮かんできた。息が苦しくなった。蒼汰は大きく口を開けて空気を吸った。空気は少ししか口に入ってこなかった。


 思わず頭上のふたを両手で何度もたたいた。


 すると、頭上のふたが動いた。しめた。蒼汰はふたを両手で上に押した。ふたが1㎝ほど下がった。


 んっ、下がった? 


 すると、またふたが1㎝ほど下がった。


 蒼汰は闇の中で蒼白になった。ふたがだんだんと下に落ちてくる。


 またたく間に、ふたは蒼汰の顔に接するところまで下りてきた。せまい長持の中で、蒼汰は身動きすらできなかった。恐ろしいまでの圧迫感が蒼汰を襲った。息が苦しかった。全身に汗が吹き出した。蒼汰の鼓動が狭い長持の中に、どくんどくんとひびいた。暗闇の中で蒼汰は眼を見開いた。このままでは押しつぶされてしまう。


 また、ふたが下りた。蒼汰の鼻がふたに押し付けられた。蒼汰は絶望を感じた。また、ふたが下りた。蒼汰の顔全体が、ふたに圧迫されていた。また、ふたが下りた。口がふたで塞がれた。息ができない。


 もうダメだ。


 蒼汰は死を覚悟した。


 押しつぶされる・・・


 そのとき、蒼汰の身体が背中から引っ張られた。長持の中で身体が無理やり反転すると、蒼汰の身体は強い力で頭上に引き上げられた。


 急に明るいところへ出た。


 蒼汰は宙を飛んでいた。眼の下に黒い長持のふたがあった。なつかしい鳥辺野とりべのの殺伐とした風景が見えた。灰色の荒野が地平線の果てまで広がっていた。


 空中で大きく一回転すると、蒼汰は背中から地面に思い切り叩きつけられた。


 土と小石が舞った。その中に明日香の姿が見えた。明日香の手に紐が握られていた。その紐がピンと張って、蒼汰の背中を引っ張っていた。


 蒼汰の眼の端に白いものが動いた。「白無垢」だ。狐が蒼汰の前に立った。蒼汰を見た。口を開ける。


 「ワンピ水着蒼汰。盾」


 明日香の声がひびいた。ワンピ水着蒼汰が盾を構えて蒼汰の前に走った。


 ワンピ水着蒼汰が盾を狐にかざすより早く、狐が大きく口を開けた。ワンピ水着蒼汰の身体が狐の口に吸い込まれていった。


 ワンピ水着蒼汰を吸い込むと、狐は口を閉じた。狐の口の中から、ワンピ水着蒼汰の腕が出ていた。腕は盾を握っていた。


 狐はそのままで蒼汰の方を向いた。今度は蒼汰を吸い込む気だ。ふたたび口を大きく開けた。


 吸い込まれる。ダメだ。蒼汰は眼を閉じた。思わず顔を伏せた。


 せっかく長持から脱出できたのに。


 蒼汰の脳裏に再び絶望が走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る