第105話 花嫁行列1

 蒼汰たちは鳥辺野とりべのを1時間ぐらい歩いた。ただ、時計は機能していなかった。腕時計は止まっていたのだ。だから、実際に歩いた時間は誰も分からなかった。歩いても歩いても、土と小石の灰色の原野は一向に変わらなかった。どこにも出口は見当たらない。


 すると、前方から何かの一団がやってきた。


 奇妙な一団だった。先頭を白い着物を着た女性が歩いている。女性が着ているのはなんと「白無垢」だった。打掛、掛下着、小物、草履を身に着けている様子が手に取りように分かった。それらのすべてが白で統一されている。頭には白い「綿帽子」を目深まぶかにかぶっている。


 女性の横には黒地の紋付き袴の男が付き添っていて、女性の手を引きながら歩いていた。男の片方の手には赤い提灯がぶら下がっている。女性の斜め後ろにも、やはり黒い紋付き袴を着た男がいた。その男は、頭に菅笠をかぶって、両手で女性に真っ赤な日傘を差しかけていた。女性の顔が日傘に隠れて陰になっている。その後ろでは、法被はっぴを着た二人の男が長方形の大きな長持ながもちを棹に通して担いでいた。黒光りする長持の表面に家紋のようなものが大きく描かれているのが見えた。


 一行は鳥辺野とりべのの荒れ地の中の道を、しずしずとゆっくりこちらに歩いてくる。


 蒼汰たちは立ち止まった。


「花嫁行列よ!」


 明日香が上ずった声を上げた。


 蒼汰は驚いて、その一行をしげしげと眺めた。


 花嫁行列だって? 死者を弔う鳥辺野とりべので花嫁行列? いったい、どうしたことだろう。平安時代にはそんな風習があったのだろうか? 


 花嫁行列は蒼汰たちの前で止まった。琴音が一歩前に出て行列の一行と向き合った。提灯を持った男がそれを見て、琴音に声を掛けてきた。男は下を向いたままだ。顔は見えない。


 「これから、ましい様に参ります」


 男の言葉は琴音でも理解できなかったようだ。琴音が首をかしげて男に聞き返した。


 「ましい様?」


 「はい、これから、ましい様に参ります」


 「・・・すみません。お伺いしますが、ましい様とはどなたのことでしょうか?」


 「ましい様は、 が御霊みたまのこと。婚礼の前のご挨拶に参ります」


 「・・・」


 「これから、ましい様に参ります」


 「・・・」


 「これだけ申しても、いただけませぬのか?」


 琴音がやっと分かったという顔をした。


 「いただく?・・・あっ、ひょっとしたら、ご婚礼の前に、こちらから何かお祝いを差し上げるということなのですね? すみません。鳥辺野とりべのの習慣は不案内なもので。で、何を差し上げればよろしいのでしょうか?」


 「あなたがたの魂をいただきます」


 蒼汰も明日香も琴音も咄嗟とっさのことでその言葉が理解できなかった。三人とも提灯を持った男を茫然と見つめて立ちすくんでしまった。


 花嫁の横の菅笠が花嫁を覆っていた赤い日傘を外した。花嫁がゆっくり「綿帽子」を上げる。


 「綿帽子」の中に狐の顔があった。


 狐と琴音の眼が合った。狐が大きく口を開いた。次の瞬間、琴音の身体が狐の口の中に吸い込まれてしまった。

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