第104話 仏童丸2

 「やや、ぬしら、あやかしの一味か!」


 そう言うと、ほとけの童丸わらべまるは後ろを見せて一目散にかけ去って行った。


 荒れ地の果てに仏童丸の姿が小さくなっていって・・やがて見えなくなった。


 蒼汰と明日香は茫然と仏童丸を見送った。そして、明日香がぼそりと言った。


 「なあに? いまの人?」


 「検非違使けびいしの手下です」


 琴音の答えに、蒼汰も明日香も仰天した。


 「け、検非違使ですって」


 「ええ、さっき仏童丸は『右の放免』と言いました。放免は、平安時代に刑期終了後や罪を恩赦された後に、検非違使に手先として使われた者のことです。放免というのは文字どおり放免された人のことを表すんですよ」


 平安時代、検非違使だって?・・・蒼汰は眼が回るような感覚を覚えた。


 頭に手をやった蒼汰をちらりと見ながら、琴音が話を続けた。


 「検非違使は都の治安維持を担当した、いまの警察ですね。平安時代の初めには左右の検非違使庁がありました。後に左の検非違使庁に統一されますけど、平安の初期には検非違使庁は左右二つあったんです。そして、仏童丸が言った『右の放免』とは、右の検非違使庁に雇われている放免という意味です」


 明日香が眼を剥いた。


 「す、すると、ここは平安時代なの? 琴音ちゃん」


 「はい。仏童丸に年を聞くと昌泰三年と答えました。昌泰三年はちょうど西暦900年に当たるんです。平安時代は西暦794年に桓武天皇が平安京に都を移してから鎌倉幕府が成立するまでの約400年間をいいます。ここが昌泰三年の西暦900年とすると、桓武天皇が平安京に都を移してから、ちょうど100年と少しが経過したところになるわけです」


 琴音の口から元号と西暦が次々と出てくる。蒼汰は感心した。さすが若くして京大の倉掛の助手を務めるだけのことはある。


 「それと、昌泰三年というと、あの菅原道真が右大臣をしているときですよ。仏童丸が菅丞相と言っていましたよね。菅丞相とは菅原道真のことなんです。この時の天皇はのちのおくりなでいうと醍醐天皇に当たります」


 「菅原道真ですって・・・醍醐天皇!」


 明日香が上ずった声を上げた。まるで日本史の授業だ。蒼汰は頭の中で日本史の年表を思い浮かべた。


 「ちなみに、陰陽師で有名な安倍晴明は延喜21年だから西暦921年に生まれて、寛弘2年つまり西暦1005年に亡くなっています。ですから、いまから21年すると安倍晴明が生まれるわけです」


 「あと、21年で安倍晴明が生まれる・・・」


 有名人のオンパレードに蒼汰は言葉を失った。


 「それで、琴音ちゃん。あの、さっきの仏童丸さんが鳥辺野とりべのと言ってたけど」


 「ええ、ここはあの風葬で有名な鳥辺野とりべののようですね」


 「す、すると、ここは平安時代初期の鳥辺野とりべのなの!」


 蒼汰たちは、また周りの荒れ地を見まわした。


 「で、これから、どうします? 明日香さん」


 「とにかく移動しましょう。かわいそうな遺体は見たくないわ」


 明日香が横の鳥葬の死体を見て言った。

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