第103話 仏童丸1

 「ぬしらは何者じゃ?」


 後ろからかあった声に三人は飛び上がった。振り返ると、後ろに小男が立っていた。


 貧相な顔をした痩せた男だった。枯野色の直垂ひたたれを着て、丈が短く裾絞りになった鈍色にびいろ小袴こばかまをはいている。草鞋わらじをはいて、頭には前方に布が垂れた萎烏帽子なええぼしをかぶっていた。衣服はもうずいぶんくたびれていて、あちこちに汗のしみが浮いていた。衣服から汗と汚れと垢がまじった、すえた臭いがした。腰には反りのない太刀を1本差している。


 「・・・」


 蒼汰たちはとっさに返事ができなかった。黙って男を見つめた。明日香が蒼汰を守るように、そっと蒼汰の前に出た。


 「ぬしらは何者じゃ?」


 男がもう一度聞いた。しわがれた声だ。すると琴音が一歩前に出て男と向き合った。男がギョロリとした眼で琴音を一瞥する。琴音がそれに臆することなく答えた。


 「我らは旅の者ぞ」


 それを聞いた男が首をかしげた。


 「旅の者じゃと? おなご六人で旅とな? はて、ぬしら、ここで何をしておる?」


 琴音が答える。


 「ことに何もしておらぬわ。ただ休んでおるのじゃ。わが名は琴音じゃ。そは誰じゃ」 


 「わしか? わしは小野おのの仏童丸ほとけのわらべまるよ。右の放免ほうめんじゃ」


 「放免?」


 琴音の顔がくもった。


 蒼汰は呆然と二人のやりとりを聞いていた。


 ホウメン?・・・ホウメンとは何だろう?


 琴音は少し考えていたが、意を決したように仏童丸ほとけのわらべまるに聞いた。


 「仏童丸ほとけのわらべまる殿に伺う。いまは何年ぞ?」


 「なんと。異なことを聞くものよ。ぬしら、年も知らぬか。いまは昌泰しょうたい三年じゃ」


 琴音が驚いた顔をした。


 「はて、昌泰しょうたい三年じゃと。して、時の右大臣みぎのおとどはどなたじゃ?」


 「右大臣みぎのおとど?・・・右大臣みぎのおとどじゃと・・・右大臣みぎのおとども知らぬのか。ぬしら、いったい、いずこより来た? よほどのひなより来たか? 右大臣みぎのおとどは菅丞相じゃ」


 「なんと菅丞相とな! して、ここはいずこじゃ」


 「見てのとおりよ。鳥辺野とりべのよ。あれが阿弥陀ヶ峰じゃ」


 仏童丸ほとけのわらべまるがはるか向こうの山塊をあごでしゃくって示した。その瞬間、仏童丸ほとけのわらべまるの眼が大きく見開かれた。


 「んっ、ぬしら、ここがいったいどこか知らずして旅をしていると申すか? あやしきやつらめ」


 仏童丸ほとけのわらべまるは一歩横に飛ぶと、腰の太刀を抜き放った。貧相な顔に似合わず、すばやい動きだった。太刀の先を琴音に向けた。仏童丸ほとけのわらべまるの眼が鋭く光っている。


 とっさに明日香が叫んだ。


 「ネグリジェ蒼汰、ワンピ水着蒼汰、パンスト蒼汰。琴音ちゃんを守りなさい」


 ネグリジェ蒼汰、ワンピ水着蒼汰、パンスト蒼汰が仏童丸ほとけのわらべまるを取り囲んだ。それぞれ、弓、盾、剣を持っている。仏童丸ほとけのわらべまるが狼狽した。


 「やや、ぬしら、あやかしの一味か!」


 仏童丸ほとけのわらべまるが太刀を琴音に向けたまま、一歩、二歩と後ずさった。

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