第99話 掛け軸3

 明日香と琴音も波にのまれたようだ。蒼汰は水面に顔を出して、茫然とそれを見ていた。


 何とかしなければ・・僕たちはここで溺れ死んでしまう・・


 そのときだ。蒼汰の脳裏には先ほど見た、掛け軸の下の赤い文箱が浮かんできた。


 文箱が気になった。


 波に翻弄されながら、蒼汰の頭が回転した。


 なぜ、あんな文箱が掛け軸の下においてあるんだろう。どうもおかしい。あんなところに文箱が置いてあるのは、きっと何か意味があるのにちがいない。ひょっとしたら、文箱は水を抜くスイッチではないだろうか? 


 明日香がどこにいるのか分からなかったが、蒼汰は首だけ水面に出して天井に向かって急いで叫んだ。いつ、蒼汰も波にのまれるかわからなかったのだ。


 「山之内さん・・・掛け軸の下・・赤い文箱・・・・水を・・抜く・・・」


 最後まで話すことができなかった。水が叫んでいる口の中に入ってきた。蒼汰は激しく咳き込んだ。


 遠くから明日香の声がとぎれとぎれに聞こえてきた。


 「ワンピ・・水着蒼汰・・掛け軸の下よ・・赤い文箱・・文箱を・・・」


 明日香の声も途中で消えた。


 明日香の声と反対側で、何かが水に潜った。


 そのとき、蒼汰も横波をくらって、水の中に深く沈みこんだ。蒼汰の足元から巨大な水流の塊がぶつかってきた。その巨大な水流の塊は水の中で、蒼汰のメイド服の黒のワンピースのスカートを大きく膨らませた。そのまま、蒼汰の身体をものすごい勢いで前方に運んでいく。蒼汰の頭が思い切り和室の壁にぶつかった。そして、蒼汰の身体が水中で大きく一回転した。


 眼の前に掛け軸があった。掛け軸が水の中で激しく揺れていた。蒼汰の眼の端に赤いものが映った。文箱か? しかし文箱ではなかった。赤いワンピースの水着を着たワンピ水着蒼汰だ。


 ワンピ水着蒼汰は、掛け軸の下に手を伸ばしていた。両手で赤いものをつかんでいる。あの文箱だ。掛け軸から出る水流をくらって、ワンピ水着蒼汰の片手が文箱から離れた。水流の中で、ワンピ水着蒼汰の赤いワンピースの水着が激しく揺れた。

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