第98話 掛け軸2

 3人の蒼汰人形も加わって、6人全員が和室の中を右往左往した。必死になって出口を探したが・・・しかし、どこにも見つからない。和室を取り囲んだふすまは、どこも開かなかった。


 水はもう蒼汰の腰まできていた。


 メイド服がたっぷりと水を吸って重たかった。蒼汰はお札を出して掛け軸に向けた。「妖怪退散」と大声で叫んだが・・・水は一向に止まらなかった。


 水の抵抗を受けて、和室の中で動くのもままならなかった。蒼汰は水の中を掛け軸ににじり寄った。何とか滝の水を止められないかと思ったのだ。掛け軸の滝からは、畳に向かってドードーとすごい勢いで水が噴き出している。蒼汰は滝の絵に近寄ろうとしたが、水の勢いにはね返されてしまった。蒼汰は頭から水の中につっこんだ。水の中を何回も回転した。掛け軸の下の文箱が水の中できらりと赤く光るのが見えた。一瞬、気が遠くなった・・・


 次の瞬間、蒼汰はかろうじて足を畳につけて立ち上がった。そして、戦慄した。・・・和室の中に巨大な水の塊ができていた。水がもう首まできていたのだ。そのとき、蒼汰を波が襲った。メイド服に当たった水流が、蒼汰を再び水の中に引き込んだ。蒼汰は水にもてあそばれた。


 掛け軸から流れこんだ水が、和室の中に巨大な渦を巻き起こしていた。渦が和室の壁やふすまに当たって、波となって砕け散って、ふたたび渦巻の中に吸収されていった。

 

 蒼汰は水の中を回転して、ようやく水面に顔を出した。もう、蒼汰の足は畳に届かなかった。足を動かしても、むなしく水をかくだけだった。蒼汰は大きく息を吸い込んだ。次の瞬間、息を吐きだす間もなく波にのまれて水中に沈んだ。


 水の中をまた何回も回転した。口と鼻から水が入ってきた。蒼汰はさらに沈んだ。苦しい。顔が畳をこすった。すると今度は一転して足元からの水流が蒼汰を押し上げた。眼の上に水面が近づいてきた。もう少しだ。口から出た泡が蒼汰より早く水面に到達するのが見えた。ようやく水面に頭が出た。


 プハーと息を吸い込むと、また、水の中に沈んだ。しばらく水中で水流に流されて、再び水面に顔を出した。


 水面で激しく咳き込んだ。水をたっぷり飲んでいた。水を吐き出すことと空気を肺に吸い込むことを同時に行った。空気を少しでも吸い込もうとして大きく開けた口に波が入ってきた。息ができなかった。そのまま、また水中に沈むと、上下に何回も回転し、和室のふすまや壁に何度もぶつかって、ようやく、もう一度水面に頭を出すことができた。


 その蒼汰の頭に波が覆いかぶさった。また水中に沈んだ。息ができない。苦しい。意識が遠くなる。水の底の畳に何度も顔をこすりつけた後、左右に激しく回転し、それから、蒼汰の身体が大きく水面に持ち上げられた。


 ザバーンという音とともに、蒼汰の身体が水面に浮上した。


 周りを見ると、波のうねりの中に明日香と琴音の頭が浮かんでいるのが見えた。しかし、波が寄せてきて、二人の頭はすぐに見えなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る