第97話 掛け軸1

 明日香が咄嗟とっさに横の和室のふすまを押し開いた。


 「みんな、この和室に入って」


 明日香が叫ぶ。


 全員が横の和室の中に転がりこんだ。最後に和太鼓を盾で支えていたワンピ水着蒼汰が盾を外して和室の中に転がり込むのと同時に、さっきまで蒼汰たちがいた場所に和太鼓が落ちてきた。ものすごい音が響いて、廊下が震えた。


 ドォーン。


 蒼汰は一瞬身体が浮き上がったように感じた。


 次の瞬間、蒼汰の眼の前を和太鼓が音をたてて転がった。


 ゴロゴロゴロ・・・


 やがて、音が小さくなっていった。和太鼓が廊下の向こうに去っていったのだ。


 間一髪だった。


 「ふう、助かった」


 蒼汰はフーと息を吐いて、和室の中を見まわした。


 そこは広い部屋だった。30畳以上あるだろうか。部屋の中には何もなかった。畳が敷いてあって、床の間があるだけだ。床の間に滝の絵の掛け軸が一幅掛けてある。掛け軸の下に文箱が一つだけポツンと置いてあった。文箱の表面は赤地で螺鈿細工が施してあった。


 蒼汰は明日香と廊下に首だけ出して外の様子を伺った。うっかり廊下に出ると、またあの和太鼓が襲ってきそうだった。かすかに、どこからかゴロゴロゴロという音が響いていた。


 「しばらく、ここに隠れていた方がよさそうね」


 明日香の言葉を聞くと、琴音が畳に倒れるように座り込んだ。琴音はまだハアハアと荒い息を吐いている。


 明日香が全員を見回して言った。


 「みんながバラバラにいるのはよくないわ。みんな、ここに集まりましょう」


 明日香の声に、蒼汰、明日香、琴音、3人の蒼汰人形の全員がその和室の中央に集まった。全員が輪になって畳の上に座り込んだ。そのままで時間の経過を待った。


 それから、どのくらいの時間がたっただろうか。蒼汰はドードーというかすかな音を聞いたように思った。んっ、ゴロゴロではなくてドードー? 僕の聞き間違いか?


 しかし、聞き間違いではなかった。ドードーという音が次第に大きくなってくるのだ。明日香と琴音が互いに顔を見合わせている。不安そうだ。明日香と琴音にもその音が聞こえているのだ。蒼汰の不安もどんどん大きくなっていく。


 何の音だろう? どこから聞こえてくるんだろう?


 ふと、蒼汰は頬に水滴が当たるのを感じた。畳についた手がいやに湿っぽい。


 んっ、畳? 


 見ると、畳からジワッと水がしみ出していた。蒼汰は思わず立ち上がった。そのとき、和室の中に琴音の悲鳴がひびいた。


 「キャー」


 蒼汰が見ると、琴音が掛け軸を指さしている。


 掛け軸の滝の絵から水がほとばしって、畳にこぼれていた。ドードーという水音が掛け軸の中から聞こえてきた。


 蒼汰は絶句した。


 掛け軸の滝から水が吹き出している・・


 掛け軸から畳にこぼれ落ちる水の量はみるみる増えていった。足元には一面の水面が広がっている。畳の上に薄い水の膜が張っているのだ。


 「ふすまを開けて水を出すのよ」


 明日香が叫んだ。蒼汰はふすまを開けて水を廊下に出そうとした。しかし、ふすまが開かない。


 「開かないよ・・・何度やっても開かない」


 蒼汰の悲痛な叫びがひびく。


 水はどんどん増えていく。もう畳の上には数㎝の水の層ができていた。


 「みんな、出口を探すのよ」


 明日香の切羽詰まった声が和室の中にひびいた。

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