第87話 侍3

 そのとき、琴音の声が廊下にひびいた。


 「ネグリジェ蒼汰。弓よ。弓を射なさい」


 赤いネグリジェを着たネグリジェ蒼汰がゆっくりと前に出た。ネグリジェ蒼汰が歩くと、透けた赤いネグリジェのフリルが揺れた。ネグリジェのすそが、ひざの位置で舞った。


 ネグリジェ蒼汰が弓に矢をつがえる。侍に狙いを定めて・・・矢を放った。侍が刀を一閃させて、いとも簡単に矢を切り捨てた。


**********

〔侍サイド〕


 敵の女性にょしょうの下知とともに、侍の前にまた面妖な出で立ちの人物が現われた。真っ赤な南蛮の甲冑を着込んでいる。その甲冑がいままで侍が見たこともない不思議なものだった。まるで透けた赤い布のようだ。その人物が歩くと、その薄い甲冑が揺れて、その人物の身体にまとわりついた。鎧の胸板に当たる部分がヒラヒラと動いていた。赤い草摺くさずりが長く膝頭まで垂れて、侍を誘うように、あやしく揺れていた。


 その人物はいびつに湾曲した不思議なものを持っていた。その湾曲したものを侍に向けると、おもむろに棒のようなものを当てがった。侍は、先ほどの女性にょしょうが発した南蛮の言葉の中に「弓」という言葉があったのを思い出した。これが、うわさに聞く南蛮の弓か。なんと不思議な形をしているものよ。侍は構えを八相に変えた。


 何の気配も前触れもなく突然、矢が侍に向かって飛んできた。恐ろしい相手だった。これほどまでに気配を消せる相手には、侍はいままで遭遇したことがなかった。


 「でやあああ」


 気合とともに侍は矢を切って捨てた。ギリギリのタイミングだった。侍の額から汗がしたたり落ちた。


〔侍サイド終了〕

**********


 「下手ねえ。何をやってるの、ネグリジェ蒼汰は。下手くそ。こらあ、ダメ蒼汰。しっかりしろ」


 琴音の叱責が廊下に飛んだ。


 「パンスト蒼汰。あんた、そこで何やってんの。ボーと突っ立ってたらダメでしょう。さっさと剣で切りかかりなさい」


 同時に明日香が怒声を送る。


 パンスト蒼汰がいやいやという感じで侍の後ろにまわった。ネグリジェ蒼汰が新たな矢を弓につがえる。


 蒼汰は二人の女性から自分が責められているように感じた。胃が痛くなった。思わず胃を押さえた。侍がこちらをチラリと見た。


**********

〔侍サイド〕


 敵の二人の女性にょしょうが、下知を飛ばした。この二人の女性にょしょうが首領であろう。すると、下知を受けて、さきほどの全裸の剣の使い手が侍の背後にまわった。退路を断つつもりだ。それを見て、さっき南蛮の弓を放った人物が次の矢をつがえた。組織的に連携した動きだった。寸分の油断も許されない相手だった。


 また、何の気配も前触れもなく矢が飛んでくるはずだ。侍には次の矢を避ける自信がまるでなかった。いつ、矢が飛んでくるのか? 侍の緊張が頂点に達した。すると、黒い南蛮の僧服に頭にヒラヒラした鉢巻を巻いた人物が腹に手を当てて、こちらを見ている。南蛮の呪術にちがいない。


 おのれ、卑怯な!


〔侍サイド終了〕

**********

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