第86話 侍2

 侍の口から気合がほとばしった。裂ぱくの気合とともに、刀が蒼汰の頭上に振り下ろされた。


 その瞬間、明日香が叫んだ。


 「パンスト蒼汰。剣!」


 パンスト蒼汰が剣を差し出した。侍の刀とパンスト蒼汰の剣がぶつかった。


 キィーィィィィィン・・・


 鋭く高い音が廊下にひびいた。廊下を焼けた金属の臭いが流れてた。余韻が廊下の空気を震わせていた。


 次の瞬間、侍は後ろへ飛びのいていた。後ろに飛びのいた足が廊下の木の板につくときには、すでに刀を正眼に構えている。キィーィィィィィンという音の余韻がまだ廊下に残っていた。すさまじく鋭い動きだった。侍は恐ろしいまでの使い手だった。


 蒼汰には剣道の経験はなかった。しかし、パンスト蒼汰が偶然にせよ、侍の剣を受け止めることができたのは、パンスト蒼汰がたまたま蒼汰のすぐ横にいたのが功を奏したのだ。


 そのパンスト蒼汰は剣を持った手がしびれているようで、剣を下ろして呆然とその場に立ち尽くしている。パンスト蒼汰のブラジャーとショーツが廊下になまめかしく白く浮き上がっていた。焦げ茶のパンストの下の白いショーツが嫣然えんぜんと廊下の光を反射していた。


 侍はパンスト蒼汰を威嚇するように、刀を正眼に構えたままで、ゆっくりと切っ先をパンスト蒼汰に向けた。そして、蒼汰たちを鋭く睨みつけた。


 蒼汰がおふだを侍に向けた。「妖怪退散」と叫んだが、侍には変化がなかった。倉掛はエネルギーの高い妖怪にはお札は効かないと言っていた。この侍はエネルギーの高い妖怪なのだ。強敵だった。


 侍は身体を小刻みに揺らしている。二の太刀を打ち込む隙を探っているのだ。


 侍の圧力に、蒼汰は身動きもできなかった。


**********

〔侍サイド〕


 侍は刀を正眼に構えて、自分の刃を受け止めた相手をまじまじと見つめた。上段から振り下ろす剣を防がれたことはいままで一度もなかった。眼の前の相手はすさまじい使い手だった。しかし、異様な出で立ちだった。身体の胸と腰にだけ白いさらしを巻きつけている。足には焦げ茶の紗をまとっていた。ほとんど全裸だった。南蛮の僧侶か? 


 その敵は剣を下ろして、侍が打ちかかるのをじっと誘っていた。わざと隙を見せているのだ。誘いに乗ってはやられる。侍は動けなかった。刀を正眼に構えたままで、切っ先をその異様な風体の強敵に向けることだけが侍に唯一できることだった。初めて剣を交える恐ろしい敵だった。


 すると、先ほど侍が切りつけた、黒い南蛮の僧服に頭にヒラヒラした鉢巻を巻いた人物が侍に向かって、手に持ったものを掲げた。そして、何か言葉を放った。「ようかいたいさん」というふうに聞こえたが、侍には意味が分からなかった。南蛮の呪いの言葉に違いない。


 おのれ! きゃつら、呪法を使うのか。


 きっと、侍の知らない恐ろしい南蛮の呪法だ! 一瞬、侍の眼がひるんだ。侍は呪法を使う敵と対峙した経験がなかった。相手は侍がいままで出会ったこともない強敵だった。


 侍は強敵を睨みつけた。


 このままではやられる・・・


 侍は動けない。侍の背中に冷たい汗が流れた。身体が小刻みに震えてきた。


 黒い南蛮の僧服に頭にヒラヒラした鉢巻を巻いた人物が、じっと侍を見つめている。さっき掛けた呪文の効果を見ているのだ。


 侍は恐怖を感じた。


〔侍サイド終了〕

**********

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