第84話 赤い花6

 一人残ったネグリジェ蒼汰は、和室の真ん中で四つん這いになり、ネグリジェの裾をめくり上げて、尻を突き出している。


 蒼汰と明日香がその尻を覗きこんだ。


 むき出しの尻には赤い斑点でできた文字があった。向かって右の尻に『い』の文字が上下左右逆に描いてある。同じように向かって左の尻には『く』の文字が上下左右逆に描いてあった。


 えっ、さっき、僕が見たネグリジェ蒼汰たちのお尻には、向かって右に『い』の文字が、そして向かって左に『く』の文字が、それぞれ上下左右が逆ではなく浮かんでいた。こ、このネグリジェ蒼汰のお尻の文字は上下左右が逆になっている・・・どうして? 蒼汰の頭は混乱した。


 「こ、これは、いったい?」


 蒼汰の叫びに琴音がウフフと笑いながら答えた。


 「神代さん。昨夜、神代さんの背中に明日香さんが馬乗りになって、神代さんのお尻をクリップでつねって文字を描いたときのことをよく思い出してください」


 「・・・」


 「あのとき、明日香さんは、ソファにうつ伏せになった神代さんのお尻をご自分の正面になるようにして、神代さんの背中に馬乗りになっていました。明日香さん、間違いないですよね?」


 明日香が昨夜を思い出しながら答える。


 「ええ、その通りね。琴音ちゃん」


 「それから、明日香さんは神代さんのネグリジェをめくり上げて、ショーツを下ろして、神代さんのお尻を出したんです。そして、その姿勢でお尻に文字を描いたんです。そうですよね? 明日香さん?」


 明日香は確信したように言った。


 「ええ、その通りよ。琴音ちゃん。ろくろ首の女将が神代くんのお尻に『こい』という文字を描いたので、私はその答えとしてクリップで『いく』と描いたのよ。間違いないわ」


 「では、その文字なんですが・・・明日香さんは、その姿勢の明日香さんから見て『いく』と読めるように、『いく』の文字を神代さんのお尻に描いたんですよね?」


 「ええ、そうよ」


 「ここで、よく考えてみてください。明日香さんは神代さんの上に馬乗りになっていました。そして、ネグリジェをめくって、神代さんのお尻を出して、その姿勢のままで、ご自分から見て『いく』のなるように文字を描いたわけです。つまり、その状態の明日香さんから見て、神代さんの左側のお尻に『い』、右側のお尻に『く』です。では、神代さんの上に馬乗りになった姿勢で、そのように描くとどうなりますか?」


 蒼汰は頭の中で琴音の言葉どおりに文字を描いてみた。すると、向かって右の尻に『い』の文字が上下左右逆に、そして向かって左の尻には『く』の文字が上下左右逆にでき上がった。・・・そ、そうか! そのような姿勢で文字を描くと、上下左右逆の『いく』の文字になるんだ。


 さっき見た偽物ネグリジェ蒼汰の尻には、向かって左に『い』、右に『く』の文字が書いてあった。上下左右逆ではない『いく』の文字だ。


 蒼汰は感嘆した。


 「ああ、そうか。分かった! そのようにして『いく』と描いたら、後ろから見ると、僕のお尻には、上下左右が逆になった『いく』の文字ができるんだ」


 琴音が我が意を得たりというように大きくうなずいた。


 「そうなんです。昨夜、明日香さんが神代さんのお尻に『いく』と描きました。そして、それはろくろ首の女将に『いく』という意味で伝わりました。しかし、お尻に上下左右逆で『いく』の字が描かれたことまでは、ろくろ首の女将には分からなかったんです。それで、ろくろ首の女将はお尻に上下左右逆ではない『いく』の字が描かれたと勘違いしたのです。そうして、ろくろ首の女将は偽物のネグリジェ蒼汰を創り出すときに間違って、お尻に上下左右逆ではない『いく』の字を描いてしまったんです」


 「そうか。西壁さんは、さっきネグリジェ蒼汰たちにお尻を突き出させたときに、お尻をながめていたけど、『いく』の字の上下左右を確かめていたんだね」


 「ええ、その通りです」


 明日香がパチパチパチと手を叩いた。


 「琴音ちゃん、すごいわ。あなたの咄嗟の機転で、私たち助かったわ」


 琴音が褒められて「えへへ」と頭に手をやった。そうして、本物のネグリジェ蒼汰にゆっくりと命じた。


 「本物のネグリジェ蒼汰。本当によくやりましたね。もういいですよ。立ちなさい。そしてショーツとネグリジェを元に戻しなさい」


 蒼汰人形たちは明日香の手違いで、本物の蒼汰の命令を聞かないのだ。蒼汰は安堵した。


 やれやれ、やっと、あの恥ずかしい姿勢から解放だ。

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