第82話 赤い花4

 蒼汰の前後も左右もネグリジェ蒼汰ばかりだ。まわりはネグリジェ蒼汰で埋まっている。


 蒼汰のまわりのネグリジェ蒼汰たちの口がいっせいに開いた。牙が見えた。部屋の中には蛍光灯が灯っている。その蛍光灯の光が牙に反射して、ネグリジェ蒼汰たちが動くたびに牙がキラリと光って白い色を放った。蒼汰が周りを見ると、あちこちで、ネグリジェ蒼汰の口の中で白い光が見えていた。ネグリジェが揺れてできる赤い色の中に白い光が散乱していた。


 ふいに一人のネグリジェ蒼汰が蒼汰の方に向かってきた。口には牙が光っている。そのまま、そのネグリジェ蒼汰が蒼汰の横を通り過ぎようとする。


 そのときだ。そのネグリジェ蒼汰が、蒼汰の首に噛みついてきた。


 蒼汰は咄嗟に頭を振って、ネグリジェ蒼汰の攻撃を避けた。蒼汰の耳のすぐ横で、牙が嚙み合うガチャリという音が聞こえた。


 蒼汰が横を見ると、そのネグリジェ蒼汰はすでに蒼汰の後ろに去っていた。そして、何もなかったかのように部屋の中の多くのネグリジェ蒼汰たちに混ざってしまった。


 蒼汰の背中を冷たいものが走った。危なかった・・・


 すると、また別のネグリジェ蒼汰が前方から歩いてきた。そして、蒼汰とすれ違いざまに、また、蒼汰の首に噛みついてきた。


 蒼汰は横に飛んで攻撃を避けようとしたが、周りを別のネグリジェ蒼汰たちが歩きまわっているために、飛ぶことができなかった。やむなく、今度も蒼汰は頭を振って、かろうじてその攻撃をかわした。ネグリジェ蒼汰の牙が耳のすぐ横でガチャリと噛み合って、唾液が蒼汰の首に飛んできた。首に冷たい感触があった。ネグリジェ蒼汰の口から、生臭い、何とも言えない不快な臭いが漂ってきた。


 ネグリジェ蒼汰は再び何事もなかったかのように、そのまま蒼汰の横を通り過ぎた。そして、先ほどと同じように部屋の中をうごめく他のネグリジェ蒼汰たちに混ざってしまった。


 ネグリジェ蒼汰が攻撃を開始したんだ。山之内さんは無事だろうか? 西壁さんは?


 蒼汰は首を回したが、周りはネグリジェ蒼汰ばかりで、二人の姿は見えなかった。


 気づくと、蒼汰のまわりを五、六人のネグリジェ蒼汰たちが取り囲んでいた。蒼汰の周りに輪を作って、みんなが輪の中の蒼汰を見つめている。いままで、ネグリジェ蒼汰たちはバラバラに動き回っていたが、集団行動を取り始めたのだ。


 ネグリジェ蒼汰たちの蒼汰を取り囲む包囲の輪が縮まってくる。


 蒼汰の脳裏を偽物のネグリジェ蒼汰が牙をむき出して前後左右からいっせいに襲ってくるシーンがよぎった。いけない。偽のネグリジェ蒼汰の人数があまりにも多すぎる。倉掛がくれた『妖怪退散』のお札だけではとても防ぎきれない。


 絶体絶命だ。風前の灯とはこのことだ。どうすればいいんだろう? 蒼汰の額に汗が吹き出してきた。


 蒼汰のまわりの何人かのネグリジェ蒼汰の手が蒼汰に向かって伸びてきた。ネグリジェ蒼汰たちの手が蒼汰の着ているメイド服に触れた。次の瞬間、ネグリジェ蒼汰たちの口が大きく開いた。口から真っ赤な舌が出てきた。舌がまるでヘビのように空中をくねくねとうごめいて蒼汰に近づいてくる。舌の一つが蒼汰の顔を舐めた。さっきと同じように、不快で何とも言えない生臭い臭いがした。舌が蒼汰の顔を舐め続けている。蒼汰の顔に唾液がべっとりとついて、周囲に飛び散った。あまりの不快さに、蒼汰は気分が悪くなった。すると、ネグリジェ蒼汰たちの口から声が出た。


 「シャー」「シャー」「シャー」 


 ネグリジェ蒼汰たちがいっせいに腰を下ろして、半身に構えた。その姿勢のまま、ネグリジェ蒼汰たちの足に力が入った。蒼汰に飛びかかろうとしているのが分かった。


 蒼汰は眼をつむった。


 いけない。やられる・・・


 そのとき、琴音の声が部屋の中に響いた。


 「ネグリジェ蒼汰は全員私の前に整列しなさい!」


 部屋の中のネグリジェ蒼汰たちがいっせいに動いた。部屋の中を赤い色が入り乱れた。瞬く間に琴音の前にネグリジェ蒼汰の赤い整列ができた。琴音の命令は続く。


 「ネグリジェ蒼汰は後ろを向きなさい」


 整列がいっせいにまわれ右をして、後ろ向きになった。赤色がいっせいに揺れる。


 「ネグリジェ蒼汰はそのまま前に手をついて四つん這いになりなさい」


 全員が言われたように四つん這いになる。琴音が命令するたびに、部屋の中に赤い花が舞った。


 琴音の声が続く。


 「ネグリジェ蒼汰は四つん這いのままでネグリジェをお尻の上までまくり上げなさい。そして、ショーツを下ろして、四つん這いの姿勢を崩さずに、お尻を後ろに大きく突き出しなさい」


 何十人というネグリジェ蒼汰がいっせいに四つん這いのままで尻の上まで赤いネグリジェをまくり上げた。そして、自分でショーツを下ろすと、尻を後ろに大きく突き出した。赤色の中に何十という白い尻が浮かび上がった。部屋の明かりに何十という蒼汰の生身の尻が白く光っている。


 蒼汰と明日香は何十という白く光る尻を呆然と見つめていた。蒼汰は自分が生身の尻を突き出しているような気分になった。


 恥ずかしい。

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