第81話 赤い花3

 えっ、7人だって? この部屋に7人いる?


 琴音の声にあわてて蒼汰は周りをみまわした。一、二、三・・と数えると確かに和室の中に7人いる。


 蒼汰が声を出した。少し、声が震えていた。


 「誰だ。多いのは?」


 全員が顔を見合わせている。緊張が和室の中を走った。


 蒼汰がもう一度周りをみまわすと・・・ネグリジェ蒼汰が二人いた。


 「ネグリジェ蒼汰が二人いる」


 蒼汰の声に全員が二人のネグリジェ蒼汰から飛び離れた。


 全員の輪の中にネグリジェ蒼汰が二人立っていた。二人のネグリジェ蒼汰は何から何までそっくりだ。まったく同じ真っ赤なネグリジェを着ている。手に持っている弓もそっくりだ。そして、それがゆがんでいて、とても弓に見えないところまでそっくりだった。


 「どっちが本物だ?」


 蒼汰の声が震えている。ひざがガクガクと音を立てた。恐怖で全身が震えた。


 とっさに明日香が命令した。


 「ネグリジェ蒼汰。本物は一歩前に出なさい」


 すると、ネグリジェ蒼汰が二人とも一歩前に踏み出した。


 「やるわね」


 明日香が腕を組んで蒼汰をチラリと見てつぶやいた。


 「えっ」


 「神代くん。ろくろ首の女将もやるわね。私たちが3人の蒼汰人形くんの援軍を得たので、さっそくそれをつぶしに来たのよ。3人の蒼汰人形くんにそっくりに扮した妖怪を私たちの中に送り込んで、どれが本物かわからなくするつもりよ」


 そうか、そんな作戦があったのか。


 蒼汰は京大の倉掛が渡してくれた『妖怪退散』のお札を握りしめた。このお札なら偽物を倒せるかもしれない・・


 蒼汰がお札を二人のネグリジェ蒼汰に向けようとしたときだ。また琴音の大きな叫び声が和室の中を切り裂いた。


 「キャー」


 「どうしたの、琴音ちゃん」


 「あ、あれ・・あそこです」


 琴音は部屋の隅を指さした。何か赤いものがぼんやり浮かび上がってきていた。よく見ると、部屋のあちこちで何か赤いものが浮かび上がっている。それらがだんだんと明確な輪郭を表してきた。赤いネグリジェが見えた。ネグリジェ蒼汰だ。瞬く間に部屋の中に何十人というネグリジェ蒼汰が現われた。次の瞬間、何十人というネグリジェ蒼汰がいっせいに動いて初めの二人とまじり合った。

 

 蒼汰は『妖怪退散』のお札を握りしめたまま、茫然と立ちすくんでしまった。偽物のネグリジェ蒼汰の数が多すぎて、お札だけでは退治するのは不可能だった。一人の偽物のネグリジェ蒼汰をお札で倒している隙にたちまち、周囲の多くの偽物ネグリジェ蒼汰たちに襲いかかられてしまうだろう。


 部屋の中いっぱいに何十人というネグリジェ蒼汰が立っていた。足の踏み場もないとはこのことだ。ネグリジェ蒼汰は一人を除いて全員が偽物の妖怪だ。ネグリジェ蒼汰たちの中に、ぽつりぽつりという感じで、蒼汰、明日香、琴音、ワンピ水着蒼汰、パンスト蒼汰だけが混ざっていた。


 蒼汰の背中に冷たいものが走った。


 僕たち全員が、偽物のネグリジェ蒼汰たちに取り囲まれている・・・


 部屋の中がネグリジェ蒼汰の透けた赤いひらひらしたネグリジェで埋まっていた。


 次の瞬間、ネグリジェ蒼汰たちがいっせいに動き出したのだ。部屋の中を、ネグリジェ蒼汰が着ている赤いネグリジェが縦横無尽に動き回っている。ネグリジェ蒼汰たちが動くと、赤いネグリジェの透けた裾が次々に揺れた。まるで、この部屋の中に赤い花が咲き乱れているようだ。


 蒼汰は眼を見張った。あっちにもネグリジェの赤い花が咲いている。こっちにもネグリジェの赤い花が咲いている。和室の中はネグリジェの赤い花でいっぱいだ。

 

 部屋の中にたくさんの透けた赤い花が咲き乱れて、光の中でひらひらと揺れている。


 ネグリジェ蒼汰たちが部屋の中を動き回る。透けた赤い花が揺れる。部屋全体が真っ赤になって揺れる。


 ひらひらひらひら。

 ひらひらひらひら。

 ひらひらひらひら。


 すると、今度はネグリジェ蒼汰たちがスキップをするように片足で和室の畳を蹴って、身体を宙に伸ばすと、そのまま身体を回転させだしたのだ。まるで、ダンスを踊っているような優雅な動きだ。ネグリジェ蒼汰たちが次々と回転する。そのたびに、透けた赤いネグリジェのすそが高く舞い上がり、くるくると赤い円を描いた。部屋の中を何十個という透けた赤い円がくるくると舞う。


 くるくるくるくる。

 くるくるくるくる。

 くるくるくるくる。


 壁も天井も畳も真っ赤に染まった。部屋全体が真っ赤に染まってきらめいた。


 豪華絢爛だ。 

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