第80話 赤い花2

 6人の行列の先頭を歩く蒼汰は武者震いをした。この五条坂を下り始めると、あの旅館はすぐのはずだった。列の後ろから明日香と琴音も前方にやってきた。


 「いよいよね。神代くん」


 明日香の声に蒼汰は思わず生唾を飲み込んだ。ごっくんという大きな音が耳にひびいた。


 「うん。いよいよ、ろくろ首の女将と対決だね」


 明日香が倉掛からもらった『妖怪退散』のお札を手に握りしめて前を向いた。蒼汰もお札を固く握りしめる。


 明日香が五条坂の左右を見ながら言った。


 「もうすぐ、あの旅館があるはずね。この前は、旅館から脱出した後で、私たち、もう一度旅館を探したけれど・・いくら探しても旅館が見つからなかったわね。でも、今回は、ろくろ首の女将が自ら『来い』と私たちを誘ったんだから、あの旅館は必ずこの五条坂のどこかにあるはずよ」


 蒼汰も前を凝視しながら、うなずいた。


 明日香の言うとおりだった。前に蒼汰が明日香と五条坂に佐々野と茅根を探しにきたときは、ろくろ首の女将の旅館に迷い込んで散々な目にあった。そして、運よく旅館の井戸から茶わん坂に脱出できた後で、二人はもう一度五条坂に戻って女将の旅館を探したのだった。しかし、五条坂のどこにも女将の旅館は見当たらなかったのだ。


 しかし、今回は違う。ろくろ首の女将が蒼汰と明日香を旅館に誘ったのだ。あの旅館は五条坂のどこかに間違いなく存在しているはずであった。どこにあるのだろう?・・・蒼汰と明日香は眼で旅館を探した。


 先に見つけたのは明日香だった。


 「あったわ。あれよ」


 蒼汰が明日香の指さす方向を見ると、見覚えのある「御食事と御宿」と書かれたのれんが風もないのにゆっくりと揺れているのが見えた。


 あの旅館だ。蒼汰に緊張が走った。


 京町家風の建物を出格子と犬矢来が取り巻いている。この前、蒼汰と明日香が来たときと、まったく同じだった。


 6人は玄関に入った。ひんやりした空気が蒼汰の身体を包み込んできた。明日香が奥に向かって声をかけた。


 「ごめんください」


 旅館の中からは何の応答もない。玄関からまっすぐに奥へ黒光りのする廊下がのびている。廊下の奥は真っ暗でよく見えない。旅館の中は物音一つしない。シーンと静まり返ったままだ。この前、蒼汰が明日香とこの旅館に来たときは、ろくろ首の女将が奥から出てきた。そして、旅館の中を散々歩いて、大きな日本間に通されたのだ。その日本間で、蒼汰たちはろくろ首の女将に襲われたのだった。


 しかし、今回はいつまで待っても奥から誰も出てこない。


 明日香が蒼汰の顔を見た。その眼が「中に入りましょう」と言っていた。蒼汰は黙ってうなずいた。


 6人は玄関から中に上がった。そして、黒光りのする廊下を奥へ進んでいった。


 明日香が蒼汰を守るように先頭に立った。明日香、蒼汰、琴音、ネグリジェ蒼汰、ワンピ水着蒼汰、パンスト蒼汰の順で一列になって奥へ進む。蒼汰と明日香はお札を前に掲げて持っている。


 行けども行けども、和室のふすまが続いていた。明日香は適当に廊下を右に曲がり、左に曲がりして進んでいく。誰にも出会わない。物音もしない。シーンと静まった建物内には、蒼汰たちの足音だけがひびいていた。10分も歩いただろうか。急に前方にふすまが開いている和室が現われた。


 「ここに入れということね」


 明日香はそう言うと躊躇せず中に足を踏み入れた。蒼汰たち全員が明日香に続く。


 何もない畳があるだけの部屋だった。広かった。30畳ぐらいはあるだろうか? 


 蒼汰は首をひねった。


 この前、僕と山之内さんがろくろ首の女将に通された部屋と同じだろうか? 少し、この部屋の方が広いような気もするが・・


 しかし、この旅館の中はどこも同じような和室だ。この前と同じ部屋かどうか、蒼汰には判断がつかなかった。蒼汰たちは畳の上を歩いて部屋の中央に進んだ。


 誰も座らなかった。和室の中で全員が突っ立ていた。じっと何かが起こるのを待っていたのだが、何も起こらない。そのまま時間が経っていった。


 ふいに琴音が叫んだ。


 「一人多い!」


 「えっ、何? どういうこと、琴音ちゃん」


 明日香が琴音を見る。琴音も明日香を見て言った。声が裏返っていた。


 「明日香さん、私たち、蒼汰人形を入れて6人ですよね。こ、この部屋の中には7人いるんです」

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