第79話 赤い花1

 琴音が明日香のマンションを訪問して、3人の蒼汰人形を創り出した日の午後のことだ。


 奇怪な一団が東大路から東に折れて東山の清水坂を上っていた。若い女の6人組だ。6人の女が一列になって歩いている。6人の周りには観光客が聴衆のように集まっていた。異様な一団だった。


 先頭の女はハロウィンのコスプレのつもりなのかメイド服姿だ。黒のワンピースに白いエプロンのエプロンドレスに身を包んで、頭には白いフリルのカチューシャをつけている。なぜか足元にはメイド服の白いパンストではなく、普通の肌色のパンストをはいていた。女が歩くたびに、頭の白いカチューシャや、胸元の白いエプロンドレスのフリルや、ペチコートのフリルが揺れた。


 周りの聴衆には、女の身体の周りで、黒色をバックにした白いフリルが浮き上がって揺れているように見えた。黒髪の上では、白いカチューシャのフリルが揺れている。ワンピースの胸元では、黒いワンピースに重ねているエプロンの白い大きなフリルが揺れている。女の足元のワンピースの裾では、黒いワンピースからのぞいた白いペチコートのフリルが揺れている。まるで黒をバックにした白いフリルの乱舞だ。なんともあでやかだ。道行く人たちが何人も足を止めて、先頭の女の白いフリルの舞に息をのんでいる。


 二人目の女は一般の道路だというのになぜか赤いネグリジェを着て歩いていた。手に何かいびつな湾曲したものを持っている。ネグリジェの胸元にはかわいらしいフリルやレースがいっぱいついている。袖もフリフリになっていて、ゆったりとした大きい長袖だ。全体的に少し上品な透け感があって、お姫様が着るネグリジェのようだ。女が歩くと赤いネグリジェ全体が大きく波打って揺れた。まるで、赤いネグリジェがひらひらと風に揺れる大きな赤い花びらのようだ。大きな赤い花びらが道を歩きながら優雅な踊りを舞っている。ひらひらひらひら・・あでやかだ。まるで、幽玄の世界だ。


 三人目の女はなんと真っ赤なワンピースの水着を着て清水坂を闊歩している。手には何か四角いものを持っていた。ワンピースの水着の胸のバスト部と肩ひもに大きなフリルがついていて腰から下がフレアスカートだ。フリルとスカートの先端には白い太いボーダーラインが入っている。派手な赤色が眼にまぶしい。最初の女のメイド服と二人目の女の赤いネグリジェのあでやかな服装に眼を奪われた聴衆は、三人目の女の水着姿を見て、衝撃を受けて一様に眼を覚ますようだ。女子大生らしき二人連れが「あんな水着で恥ずかしくないの?」と言いながら眼を見張っている。二人連れの一人が持っていたカップのアイスクリームが手から落ちて、ころころと清水坂を転がっていった。


 四人目の女は信じられないような、驚くべきスタイルだ。白いブラジャーと白いショーツをつけて、焦げ茶色のパンストをはいただけの姿だった。手には細長いものを持っている。三人目の女のワンピースの水着姿に目を覚まさせられた聴衆は、今度はこの四人目の女の格好を見て一様に大きなショックを受けるようだ。これはもはや服装とは言えない。あられもない若い女の下着姿に誰もが言葉を失って茫然自失となっている。


 聴衆の中の一人の女性が「下着のコマーシャルを撮影しているの?」と叫んだ。周りにいた人たちが一斉に首を振ってカメラやスタッフを探したが、見つからなかったようだ。白いブラジャーと白いショーツが清水坂に降りそそぐ太陽の光をはね返して、きらきらと光っている。何人かの聴衆が眼に手をやって、その光の反射を防いでいる。


 五人目の女は今までの四人と大きく違って、極めて常識的でまともな服装だった。グレーのツーピーススーツ姿で、就職面接にきた学生がなぜか列に入っているように見えた。前の一人目から四人目までの女の服装が派手であまりにも奇抜すぎるので、この女はまるで目立たない存在だった。


 最後の六人目の女もまともだった。薄い紫のブラウスとベージュのパンツでカジュアルに決めている。活動的な明るい雰囲気が聴衆の眼を引いた。一人目から四人目の女とは違った意味で目立つ存在だった。


 ところで、一人目から四人目の女は姉妹なのだろうか。背丈も体形も同じで、ちょっと見たところ顔も非常に似ているようだった。


 6人の女たちは一列になって清水坂を登っていく。清水坂にあふれている観光客が、その周囲にだけ空間を作っていた。6人が歩くと、それに合わせてその空間も移動していく。アメリカ人なのだろうか? 何かを勘違いをした外人の観光客数人が「ゲイシャガール!」と叫んで6人と並んで歩きながら写真を何枚も撮っていた。イタリア人らしき陽気な青年がピューピューと指笛を鳴らしながら、6人の女の後を歩いている。地元の何かのお祭りだと思ったのだろう。


 すると、清水坂の途中にある民家の中から、日本人の中年のおばさんが飛び出してきた。民家のすぐ前では小学生らしき女の子が二人いてボールで遊んでいる。おばさんの子どもだろう。清水坂に飛び出してきたおばさんは、二人の女の子の手を引くと、「見ちゃダメよ」と言いながら急いで反転して民家の中に入ってしまった。戸をガラガラガラ・・ピシャーンと閉める大きな音が清水坂にひびいた。


 清水坂を上がっていくと「清水焼陶磁器本舗」の看板を掲げたコンクリート造りの真新しい店舗と、「昆布」と書かれた看板を掲げた古い京町家が見えてきた。その間を抜けると右に五条坂が現われた。6人の女たちはそこを右に曲がって五条坂を下り始めた。


 女たちの周りを取り囲んでいた観光客から、あ~というような安堵する声が洩れた。観光客はそのまま清水坂を登って、清水寺を目指すのだ。6人の女たちについて五条坂を下る観光客はいなかった。


 観光客から離れた6人の女たちの周りが急に静かになった。女たちはしずしずと五条坂を下りていく。

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