第75話 武器1

 蒼汰がいくら命令しても、ネグリジェ蒼汰はまったく動かなかった。


 「えっ、どうしてなの? どうして、ネグリジェ蒼汰は僕の命令を聞かないの?」


 蒼汰は茫然と立ち尽くしてしまった。


 それを見ていた琴音も驚いたようだ。パンスト蒼汰が入れた紅茶のカップをテーブルに置くと、琴音はネグリジェ蒼汰が壁逆立ちをしている前に歩いて行った。ネグリジェ蒼汰の前に立って、しげしげとネグリジェ蒼汰を見つめている。琴音の眼の前には、逆さになったネグリジェ蒼汰の白いショーツがリビングの電灯の光を反射していた。恥ずかしい・・・。本物の蒼汰はまた真っ赤になった。


 「どうしてネグリジェ蒼汰は神代さんの言うことを聞かないのかしら? おかしいわねぇ?・・・」


 琴音はネグリジェ蒼汰を見ながらさかんに首をひねっていたが、少しして蒼汰を振り向いて言った。


 「神代さん、それじゃあ、今度は、ワンピ水着蒼汰に何か命令してみてください」


 蒼汰は今度はワンピ水着蒼汰に向かって命令を出してみた。


 「ワンピ水着蒼汰。ネグリジェ蒼汰のところへ行って、ネグリジェのすそを上まで引き上げてネグリジェ蒼汰の下着を隠しなさい」


 ワンピ水着蒼汰も動かなかった。琴音がまた首をかしげた。


 「動かないわねえ? おかしいですねえ? それでは、パンスト蒼汰はどうかしら?」


 蒼汰はパンスト蒼汰にも同じ命令を発したが、パンスト蒼汰も身動き一つしない。


 3人の蒼汰人形が全員僕の言うことを聞かないなんて・・まるで、3人が僕を拒絶しているようだ。蒼汰は混乱した。思わず、涙声が出た。


 「こ、これって・・ど、どうなってるの? 西壁さん」


 「おかしいですねえ。では、私が同じことを命令してみましょう・・・ワンピ水着蒼汰。ネグリジェ蒼汰のところへ行って、ネグリジェのすそを上まで引き上げてネグリジェ蒼汰の下着を隠しなさい」


 すると、今度はワンピ水着蒼汰が動き出した。琴音に言われた通り、ネグリジェ蒼汰のところへ行くと、ネグリジェのすそを持って上まで引き上げた。ネグリジェ蒼汰の白いブラジャーと白いショーツが赤いネグリジェに隠れて見えなくなった。


 琴音が首をかしげながら言った。


 「ええっ、どうして? どうして、私の言うことは聞いて、神代さんの言うことは聞かないの?」 


 そのとき、明日香があっと口を押さえた。


 「琴音ちゃん。神代くん。・・・ごめん。私、琴音ちゃんに神代くんの髪の毛を3本切るように言われたときに、うっかり神代くんの本物の髪の毛じゃなくて、ウィッグの毛を切っちゃったかもしれない」


 「ええー」


 琴音が眼をむいた。


 「蒼汰人形は、『この人形を作るときに使ったモノ』に触った人の命令だけを聞くんですよ。あのとき、明日香さんが神代さんの髪の毛をはさみで切って、それを私が受け取って、それから、私がこの人形を作ったんでしたよね。・・・そうか、あの髪の毛はウィッグの毛だから、神代さんご自身は触っていなかったのですね。触ったのは明日香さんと私だけということですね。それで、この3人の蒼汰人形は明日香さんと私の言うことは聞くけれど、神代さんの言うことは聞かないんですよ」


 「ええっ、そ、それじゃあ、僕がこの3人の蒼汰人形に命令をしても、3人は動かないわけだね。では、僕は3人の蒼汰人形を使って、あの女将や女将の使う妖怪と闘うことができないということなの?」


 蒼汰は琴音に聞いた。琴音は残念そうに答えた。


 「残念ですけど・・そういうことになってしまいました」


 「そんなぁ・・西壁さん。今度は本物の僕の髪の毛で、もう一度人形を作ってよ」


 蒼汰の言葉に琴音が首を振った。


 「人形は一度作ったら、同じものはもう作れないんですよ」


 「ええ、そんなバカな。3体の蒼汰人形が、本物の蒼汰である僕の命令を聞かないなんて・・・なんてことだ。これじゃあ、とても妖怪と戦えないよ」


 「蒼汰人形が神代さんの命令を聞かない代わりに、私が何とか蒼汰人形を強化してみましょう」


 琴音はそう言いながら、バッグから大きな紙を3枚取り出した。リビングのソファの前のテーブルに紙を広げて、鉛筆で何か描いた。1枚にはひどく湾曲したもの、もう1枚にはなんだか四角いもの、残る1枚には何となく尖ったものが描かれている。どれもひどくゆがんだいびつな形をしている。下手な画だ。下手すぎて、一体何が描かれているのか見当もつかない。まるで、前衛芸術の抽象画のような画だった。


 何だろう? 明日香が琴音の描いた画を見ながら首をかしげている。


 「琴音ちゃん、何? これ?」


 明日香の問いに琴音が意外そうに声を上げた。ちょっぴり、頬を膨らませてふくれているようだ。


 「えー。画を見て分かりませんかあ? 私、画が下手だから・・・」

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