第72話 人形2

 蒼汰も人形に恐る恐る近づいた。人形の前に立って、しげしげとその全身を眺めてみた。人形は何から何まで蒼汰そのものだった。髪の毛からつま先まで蒼汰だ。まるで、鏡で自分をみているようだと蒼汰は思った。


 明日香も琴音も3人の人形を見つめている。


 今の蒼汰と3人の人形が異なるのは、3人の人形が全裸だということだ。まるで、自分が全裸になって、明日香と琴音に見られているようだ。恥ずかしい。思わず蒼汰は真っ赤になってしまった。


 人形は直立した姿勢のまま押し黙って、眼を開けてまばたきもせずに前方を見つめている。気を付けの姿勢だ。蒼汰がおっかなびっくりで人形の肌にふれてみると、弾力のある皮膚が蒼汰の指を押し返した。


 背中はどうなっているんだろう?


 蒼汰は人形の後ろを横からのぞいてみた。リビングの壁と人形の背中の隙間はわずかしかない。その隙間から尻が見えていた。横から見ると尻に何か赤いものある。


 「あれっ、あの赤いものは何だろう?」


 蒼汰が腰を下ろして人形の尻をのぞきこんだ。人形の尻に赤い点が連なっていた。


 「こ、これは?」


 蒼汰は狼狽した。とっさに左手をリビングの壁と人形の背中の隙間に差し入れた。左手で人形の尻を隠した。おそらく明日香が昨夜、蒼汰の尻をクリップでつねって作った『いく』の文字があるのだろう。文字は隙間で見えなかったが、蒼汰はそう確信した。


 何なんだ。この人形は? 尻の『いく』の文字まで、僕とそっくりだなんて。


 昨日の痛みが尻によみがえってきた。蒼汰は思わず自分の尻に右手を当てた。琴音がそんな蒼汰の様子に気づいたようだ。蒼汰の横にやってきた。そして、琴音も蒼汰の後ろからリビングの壁と人形の背中の隙間をのぞきこんだ。琴音も横から見える尻に赤い点を見つけたようだ。


 「あっ、これですね。昨日、明日香さんが神代さんのお尻をクリップでつねって作った文字というのは・・・神代さん、手をのけて、文字を見せてくださいよ」


 「だ、だめだよ」


 蒼汰は尻を隠している左手に力を込めた。


 「え、なあに」


 明日香も蒼汰と琴音の横にやってきた。二人の若い女性が隙間からではあるが、遠慮することなく平然と人形の尻をながめている。蒼汰は、人形の尻を左手で隠しながら、恥ずかしさで再び真っ赤になった。まるで、自分の尻をじろじろと観察されているようだ。ん、この人形は蒼汰なのだから、自分の尻を観察されているのか? 蒼汰はあわてて言った。


 「見ないでよ。これは僕なんだから・・・僕のお尻を勝手に見ないでよ。・・西壁さん、この3人の人形はずっと裸のままで置いておくの?」


 琴音が笑って答えた。


 「いえ。もう、裸は充分ですね。では、そろそろ、この3人に服を着せましょう。明日香さん、神代さん用の下着を出していただけませんか? 私がこの3人に服を着せますから」


 明日香が首をひねった。


 「下着? 琴音ちゃん、下着だけでいいの?」


 「ええ、神代さんのブラジャーとショーツを1組、それとナイト用のブラジャーとショーツをもう1組、持ってきてくださいませんか? それで充分です」


 明日香がもう一度首をひねった。


 「えっ、それだけ? それだけでいいの?」


 「ええ」


 琴音が笑っている。


 明日香が、蒼汰用に四条河原町の高島屋で買ったブラジャーとショーツを2組持って来た。普通のブラジャーとショーツとナイト用のブラジャーとショーツだ。琴音はそれらを受け取ると、3人の人形の前に立った。


 「山之内さん。見ないで。こっちに来てよ」


 蒼汰は明日香の手をとって、3人の蒼汰人形が立っている壁と反対の壁に明日香を連れてきた。そして、明日香に蒼汰と並んで壁に向かって立ってくれるように頼んだ。明日香は苦笑したが、快く蒼汰の頼みを聞いてくれた。


 蒼汰と明日香はリビングの壁に向かい、3人の人形に背を向けて立った。蒼汰は、自分とそっくりな3人の人形が琴音に服を着せられている恥ずかしい姿を明日香に見られたくなかったのだ。


 しかし、何の服を着せるのだろうか? 山之内さんがもってきたのは、ブラジャーとショーツだけだ。下着だけじゃないか。上着はどうするのだろう? 西壁さんは3人の人形に着せる上着を持ってきたのだろうか? それに、ブラジャーとショーツは2組分だ。人形は3人なのに・・・1人は下着はどうするんだろう? 1人は下着がなぜいらないんだろう?


 蒼汰の頭にそんな疑問が次々と浮かんだ。蒼汰の背中では、琴音が何かごそごそする音が聞こえている。蒼汰はまるで琴音に自分の身体をいじられているように思えてきた。またもや、蒼汰の顔が真っ赤になった。

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