第69話 助手4

 妖怪の事情が刻一刻と変わってきているようだという琴音の話に、蒼汰は大きくうなずいた。


 やはりそうか。


 蒼汰は感心した。琴音の言うのは、どこまでが倉掛の考えで、どこまでが琴音の意見なのかは分からなかったが、確かに的をついた話だ。倉掛といい、この琴音といい、非常に頭脳が明晰なのは間違いない。


 明日香も蒼汰と同意見とみえて、琴音にうなずきながら答えた。


 「なるほど、なぜか、時間が経って返してほしいものがストッキングに絞られたというわけね。そして、なぜか、時間が経って妖怪はあの旅館に私たちを呼びたい理由ができたというわけね。琴音ちゃんの言うとおりだと考えると、辻褄が合うわね。では、妖怪が何らかの事情の変化で、茅根先生のストッキングだけを手に入れようとしているとして・・・それはいったい何のためなのかしら? 琴音ちゃん、どう思う?」


 琴音が手元のメモから顔を上げた。


 「それは、はっきりとはわかりませんが・・・ひょっとしたら、何らかの呪いをかけるためかもしれません」


 「呪い?」


 蒼汰も明日香も思いもよらない言葉に、驚いて琴音の顔を見つめた。明日香が琴音に聞いた。


 「琴音ちゃん。呪いなんてものが本当にあるの?」


 「ええ、日本では、呪いは古くから行われているんです。呪い、すなわち呪術というと平安時代の陰陽師おんみょうじが有名ですが、実は平安時代には陰陽師の他に、呪禁師じゅごんしと呼ばれる人たちがいたことが分かっているんです。呪禁師は悪霊退治や人を呪う仕事を請け負っていたと言われています。呪禁師というのは呪いの専門家だったわけですね。ただ、呪禁師は人を呪うために、だんだんと危険な存在とみなされて次第に消滅していきました。そして、呪禁師のやっていた悪霊退治といった仕事が陰陽師に受け継がれていったんです。こうして、呪術は表の世界から姿を消したんですが、裏の世界では綿々と受け継がれてきているんです」


 よどみなく説明する琴音に蒼汰は感心した。さすが、琴音は倉掛の助手を務めるだけのことはある。


 明日香も感心したように言った。


 「なるほど、よく分かったわ。すると、ろくろ首の女将は茅根先生のストッキングを呪術に使おうとしているのかも知れないわけね」


 「ええ、そうなんです。日本の古い呪術の中には、呪いをかける相手の持ち物を奪って、それを使って呪いをかけるものがあるんです。ひょっとしたら、妖怪は茅根先生にそういった呪いをかけようとしているのかもしれません」


 「茅根先生に呪いをかける? ということは?」


 「ええ、茅根先生はどこかに隠れていて、妖怪はそれで茅根先生を呪い殺そうとしているのかもしれないですね」


 「もしそうなら、茅根先生はまだどこかに隠れていて無事だということね」


 「ええ、その可能性はあると思います」


 「でも、僕の夢に出てきた、赤いネグリジェ、赤い水着、焦げ茶のパンストはどうなるの? あれにはどんな意味があるんだろう?」


 やっと蒼汰が口をはさんだ。明日香と琴音の会話のテンポが速いので、なかなか口をはさむことができないのだ。


 「その神代さんの夢に出てきた3つの品なんですが・・・よろしかったら、ここで見せていただけませんか?」


 琴音の申出に蒼汰は飛び上がった。


 「あ、あれを、西壁さんは見たいんですか?」


 「ええ、ぜひ見せてください」


 そんなぁ? 自分が着たり、はいたりしたものを西壁さんに見せるなんて! そんな恥ずかしいことはできない・・・


 そんな蒼汰の思いを知ってか知らずか、明日香がいとも簡単に言った。


 「ええ、いいわよ、琴音ちゃん。私たちには気づかないことがあるかもしれないわ。あなたの眼でしっかり調べてちょうだい」


 そして、明日香は蒼汰が着ていた赤いネグリジェと赤い水着と焦げ茶のパンストを持ってきて、それらをソファの前のテーブルに並べたのだ。


 「これが、神代さんが実際に着ていた服ですね」


 琴音は赤いネグリジェを手にとると、チラリと蒼汰の方を見た。琴音の言葉に蒼汰は恥ずかしさで耳たぶまで真っ赤になった。自分が着た真っ赤なネグリジェや真っ赤なワンピースの水着などを琴音に見られている。きっと、西壁さんはこれを着た僕を想像しているんだ。蒼汰はその場から逃げ出したくなった。どこか穴でもあったら入りたい気分だった。

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