第68話 助手3
明日香の妖怪退治という言葉に、琴音が急に真剣な顔になった。スイッチが急に右から左に切り替わったという感じだ。琴音の声のトーンもこころなしか低くなった。琴音が明日香と蒼汰を交互に見て、口を開いた。
「では、そろそろ本題に入らせてください。倉掛先生は事態が切迫していると考えておられます。昨夜というか、今日の未明に神代さんの夢に女将が出てきたんですよね?」
蒼汰が黙ってうなずく。
「倉掛先生も私も、その夢は山之内さんがお考えのように、女将のメッセージを伝えるものだと考えています。女将は、神代さんと山之内さんをもう一度あの旅館に呼び戻したいんですよ」
明日香が口をはさんだ。
「琴音ちゃん。私もろくろ首の女将が私たちをあの五条坂の旅館に呼んだことまでは分かるんだけど・・・何のために旅館に私たちを呼ぶのかしら? 私たちを倒すため? だけど、単に私たちを倒すためだったら、襲うのはなにもあの旅館でなくてもいいわけでしょう。今までも、妖怪は旅館以外の所で私たちを襲ってきたわけだしね」
明日香は琴音のことを「琴音ちゃん」と呼んでいる。
「明日香さん、女将は神代さんの夢の中で『返せ』と言ったんですよね。つまり、神代さんと明日香さんをもう一度あの旅館に呼んで、作家の茅根先生がはいていたストッキングを取り返すためだと思います。旅館に呼んだのは、女将に何か特殊な事情ができたんだと思います」
明日香に合わせたのか、琴音も明日香を「明日香さん」と呼んだ。なんだか二人の会話の息が合ってきたようだ。
蒼汰が琴音に聞いた。
「西壁さん。特殊な事情って?」
「さあ、それは私には分かりません」
今度は明日香が別の質問をした。
「でも、琴音ちゃん。女将が欲しがってるのがどうしてストッキングだとわかるの? 私たちはあの旅館から、みろう出版の佐々野くんのハンカチと靴下、それと茅根先生のストッキングを持ち出したのよ。その中でなぜストッキングなのかしら?」
琴音がメモを取り出した。蒼汰がメモをのぞくと、さまざまな出来事が時間の経過とともに細かく分類され、整理されて書かれていた。このメモはおそらく学会の合間に倉掛が作って、メールか何かで琴音に送ったのに違いない。琴音がそれを印刷して持って来たのだろう。京大で見た倉掛の顔が蒼汰の脳裏に浮かび上がった。蒼汰は感心した。老け顔の割にはなんときめの細かい仕事をするんだろう!
琴音がメモを見ながら続ける。
「そこなんです。明日香さん・・・いいですか。よく思い出してください。はじめに、明日香さんと神代さんが旅館で女将に襲われたときと、そのあとに神代さんがマンションで若い女に襲われたときは、女将と若い女は『返せ』とだけ言っていました。しかし、その後、神代さんが地下鉄とタクシーで襲われたときには、妖怪は『ストッキングを返せ』と言っていますよね。『返せ』から『ストッキングを返せ』に変わっています。これは、なぜか妖怪の返せという対象が、時間が経つと絞られてストッキングになったということですよね。つまり、最初は妖怪の返せという対象がハンカチと靴下とストッキングだったんですが、後になってくると、返せという対象がなぜかストッキングだけに絞られたということなんだと思います」
蒼汰は首をひねった。
「後になって、手に入れる対象が変わってきたのか? まてよ。さっきの話だけど、山之内さんが言ったように、今までは妖怪は場所を選ばずに僕たちを襲ってきたわけだよね。だけど、今度は『こい』と言って、僕たちをあの五条坂の旅館に誘っている。何だか、この事件は時間とともに妖怪の方の状況が変わってきているように思えるなあ」
琴音が再びメモを見ながら蒼汰にうなずいた。
「そうなんです。それがこの事件の大きな特徴なんです。相手、つまり妖怪ですが、なぜか妖怪側の事情が時々刻々と変わってきているんです」
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