第66話 助手1

 朝になった。蒼汰と明日香が朝食を終えるとすぐに、京大の倉掛から明日香に電話がかかってきた。倉掛が心配して様子を聞くために、出張先の東京から電話をしてくれたのだ。明日香は昨日、京大を出てからの出来事をかいつまんで電話で話した。


 四条河原町の高島屋での婦人服の買い物、高島屋の女子トイレでの妖怪の襲撃、倉掛のお札が功を奏したこと、明日香のマンション、近所のスーパーでの妖怪の出現、倉掛の女装のアドバイスのお陰で妖怪に見つからなかったこと、倉掛が渡してくれた本、風葬と妖怪、蒼汰の見た不思議な夢、夢の中でろくろ首の女将がネグリジェと水着とパンストを持って行ったこと、蒼汰の尻にかれた『こい』という文字、蒼汰が見た夢は女将の挑戦ではないかと思えること、明日香が蒼汰の尻に描いた『いく』という文字、明日香がろくろ首の女将の挑戦を受けたこと・・・。


 明日香が一通り説明するだけでもかなりの時間を要した。


 明日香は倉掛に説明した後、さらに倉掛と電話で何か打合せをしている様子だった。電話が終わると明日香が蒼汰に言った。


 「倉掛先生がたいへん驚いていらしたわ。特に、神代くんが見た夢にはご興味がありそうよ。それでね、倉掛先生が言われるには、事態は一刻の猶予もないほど切迫しているらしいの。だけど、先生は明日まで東京にいなければならないから、今日、助手の西壁さんという方を至急私のマンションへ寄越してくださるというのよ。西壁さんは学会で東京にいて、昨日、倉掛先生と入れ替わりに京都に戻ってきたのよ。それで、西壁さんは10時ごろにはこのマンションにやってきてくださるらしいわ」


 蒼汰は驚いた。


 「えっ、そんなに事態が切迫しているの?」


 「倉掛先生がおっしゃるには、ろくろ首の女将が夢に出てきたことが大変なことらしいの。詳しく話してる時間がないから、先生が京都に戻ってから話すということだったわ。それでね、神代くんは西壁さんが来るまで、絶対に私のマンションから出ないようにしてくれっていうことなの」


 「それで、倉掛先生の助手をしている西壁さんという人が、山之内さんのマンションに来てくれるわけだね。それは助かるなあ」


 蒼汰は喜んだ。


 西壁さんという人は、あの倉掛の助手を務める人物だ。さぞかし、頭が切れて優秀な男性なんだろう。そんな男性を寄越してくれるとは、妖怪と対決するのに本当に力になる・・


 「ええ、そうよ。先生が言うには、その助手の人が私たちにアドバイスをしてくれるはずだから、そのアドバイスに従ってほしいということなのよ」


 それから、明日香は山縣と連絡をとって、こちらも長い時間話し込んでいた。


 「編集長にあなたと私のお休みをもらったわ。西壁さんがこちらに来るまで少し時間があるわ。それまではお家から出るわけにはいかないわね。ここでゆっくり、今後の対策を相談しましょう」


 蒼汰と明日香は今後の対応について話し合った。ろくろ首の女将の挑戦に応じて、あの五条坂の旅館に乗り込むと言っても、何も武器を持たずに丸腰で乗り込むのはあまりにも危険だ。


 何か武器になるものはないだろうか? 今、二人が持っているのは、京大で倉掛が渡してくれた『妖怪退散』のお札だけだった。倉掛はこのお札はエネルギーの低い妖怪には有効だが、ろくろ首の女将のようなエネルギーの高い妖怪には効かないと言っていた。ろくろ首の女将のようなエネルギーの高い妖怪に対抗する武器が必要だ。


 蒼汰と明日香は新たな武器について話し合ったのだが、適当な武器がなかなか思いつかなかった。相手は妖怪だ。そもそも妖怪を倒す武器にはどんなものがあるのかさえ、二人にはまるで見当もつかなかったのだ。


 二人の結論が出ないままに、時間だけが過ぎていった。結局、西壁さんに相談しようということになった。


 10時ごろ明日香のマンションに、その西壁がやってきた。


 なんと・・西壁は若い女性だった。蒼汰は倉掛のイメージから助手というのは年配の男性を想像していたのだが、まるで想像と違う人物がマンションに現れたのだ。明日香もうら若い女性がやってきたのには驚いてしまった。


 一方の西壁も明日香のマンションに女性の格好、それもヒラヒラした女の子の格好をした蒼汰がいるのを見て最初は驚いた様子だった。しかし、倉掛から事前に話を聞いていたらしく、すぐに蒼汰のことを納得したようだった。


 明日香のマンションのリビングのソファに西壁が座り、向かい合って明日香と蒼汰が並んで座った。一見すると、まるで、はなやかな若い女性の3人組が女子会を開いているようだ。


 昨夜、明日香にクリップで思い切りつねられた尻がまだズキズキと痛い。蒼汰は思わずソファの中で尻を浮かせた。明日香が横目で見てウフッと笑ったようだった。西壁が不思議そうな顔をして二人を見た。


 西壁は身長が158㎝ぐらいで蒼汰よりやや低いだろうか。丸顔で体形は少しふっくらとしている。美人ではないが、いわゆる男性にもてる顔だ。清楚でしかも温かみのある雰囲気を持っていた。おそらく女性にも好かれるだろう。頭を振るとセミロングの髪が大きく揺れた。今日はグレーのツーピーススーツで、何だかリクルートの面接にきた学生みたいだった。初々しい顔で明日香と蒼汰を交互に見ると、おもむろに名刺を指し出した。

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