第61話 水着とネグリジェ7
ろくろ首の女将は蒼汰が投げつけた赤いワンピースの水着と焦げ茶色のパンストを蒼汰の眼の前にかざした。もう一度、にやりと笑った。そして、女将の姿がすっと消えた・・・
蒼汰は恐怖のあまり、そのまま気を失ってしまった。
・・・・・
誰かが蒼汰の身体を激しく揺すっている。
「神代くん、神代くん」
明日香の声がした。蒼汰は眼を開けた。明日香の顔がすぐ眼の前にあった。明日香が心配そうに蒼汰を覗き込んでいた。
「良かった。眼が覚めたわね。神代くん、大丈夫?」
明日香の顔に安堵の色が広がった。それを見て、蒼汰の頭に記憶がよみがえった。
「あっ、ろくろ首の女将は?」
「えっ、ろくろ首の女将ですって? どこにもいないわよ」
えっ、そんなバカな?
蒼汰は周りを見渡した。明日香のマンションの寝室だ。そして、蒼汰は明日香のベッドに寝ていた。
えっ、ベッド? 確か僕はトイレにいたはずだ。
「えっ、ここはベッド? 僕はベッドで寝ているの? いまはもう朝?」
「何言ってるのよ。まだ、夜中の3時よ」
蒼汰はベッドの上に半身を起こした。あれ? 僕は赤いネグリジェを着たままだ。ネグリジェは破れたはずなのに・・あわててネグリジェを調べたが、どこも破れていなかった。
そうだ。浴室だ。
蒼汰は急いで浴室に行った。バスタブの上には赤い水着が干してあった。次に蒼汰は脱衣カゴを探った。昨日、蒼汰がはいていたブランド物の薄い焦げ茶色のパンストが出てきた。
「こ、これは・・ど、どういうこと?」
「あなた、夢を見たのね」
振り向くと明日香が後ろに立っていた。
「ゆ、夢?」
「あなたがものすごくうなされていたから心配したのよ」
えっ、すると、あれは夢だったのか? まっ、まさか? 蒼汰はあわてて寝室に取って返した。明日香もあわててついてくる。
「山之内さん。くっ、靴下とストッキングは無事?」
明日香が鍵をガチャガチャいわせて、ベッドのサイドテーブルの引き出しを開けた。
「大丈夫。何も取られていないわ。ちゃんと、ここにあるわよ」
「すると・・あ、あれは夢だったのか・・」
蒼汰の身体から緊張の糸が一気にほどけた。膝の力が抜けて、蒼汰は寝室の床に崩れ落ちた。
すると、さまざまな感情が一度に蒼汰の頭に浮かんできた。さっきの恐怖、いまの安堵感、明日香を想うせつなさ・・・そういった感情が蒼汰の身体の中で一本の濁流となって荒れ狂った。
蒼汰はなんとかその濁流を自分の身体の中で押さえつけようとした。しかし、明日香の顔を見ると、堰が切れたようにその濁流が身体の外に溢れ出てしまった。蒼汰はその濁流に圧倒された。どうにも感情が制御ができなくなった。蒼汰はたまらず「うわー」と叫んで床に突っ伏した。
すると、明日香が床に膝をついて蒼汰の顔を起こしてくれた。蒼汰は思わず明日香の柔らかい胸に顔をうずめた。甘い女性の香りがした。
「きっと怖い夢を見たのね。もう大丈夫よ。安心していいのよ・・・」
明日香が蒼汰の身体を強く抱きしめてくれた。蒼汰の顔がさらに強く明日香の柔らかい胸に押し付けられた。そうして、明日香が蒼汰の背中をやさしくさすってくれた。
蒼汰の身体の外で荒れ狂っていた濁流が、潮が引くように引いていった。代わりに、暖かい優しいものが溢れてきて蒼汰の胸を満たした。すると涙が出てきた。蒼汰は明日香の胸に顔をうずめて泣きじゃくった。
・・・
蒼汰の感情が静まるのを見て、明日香は蒼汰を抱いたままリビングに連れて行った。
リビングの明かりをつけて、蒼汰をソファに座らせると、明日香はキッチンに行ってジュースを二人分持ってきた。
蒼汰は受け取ったジュースを一気に飲み干した。それで、ようやく落ち着いた。
蒼汰はさっき見た夢を明日香に話した。
まさに悪夢だった。明日香は険しい顔をして黙って蒼汰の話を聞いていた。蒼汰の話が終わると、明日香は厳しい顔のままで蒼汰の話を反芻しだした。
「すると、あなたは女将にあの赤のワンピースの水着を投げつけたのね?」
「ええ、そうなんだよ」
「すると、その次に、女将がストッキングを渡せって言ったのね?」
「そうなんだよ。それで、僕が昨日はいていた薄い焦げ茶色のパンストを脱衣カゴから取り出して女将に投げつけたんだよ」
「それで、女将は消えたわけね」
「そう。僕のパンストを受け取ると、ニヤリと笑って・・・そして、消えたよ」
「うーん。不思議な夢ねえ」
明日香が首をひねった。その仕草がなんとも
明日香は厳しい顔を崩さなかった。そして、ポツリと言った。
「何か意味がありそうな夢ね・・」
蒼汰は驚いて明日香の顔を見た。
「えっ。意味?」
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