第59話 水着とネグリジェ5

 夜も更けた。西洞院通にしのとおいんどおり夷川えびすがわにある明日香のマンションだ。蒼汰と明日香は寝室に入った。


 明日香のベッドは蒼汰が使うことになった。明日香はベッドの横にレジャー用のサマーベッドを出してきてそれに横になった。


 蒼汰が、自分がサマーベッドを使うと主張したのだが、明日香がサマーベッドでないといざというときに蒼汰を助けられないと言ってどうしても首を縦に振らなかったのだ。最後は決め台詞の「これは上司命令よ。上司命令には絶対服従よ」が飛び出して、結局は明日香に押し切られてしまった。蒼汰はしぶしぶ明日香の言うことに従って、明日香のベッドを使うことにしたのだった。


 明日香は寝る前に「いい。神代くん。何かあったら遠慮しないで私を起こすのよ。どんな些細なことでもいいからね。必ず私を起こすのよ。わかったわね。いいわね」と何度も念をおしてから眠りについた。明日香はよほど疲れていたのだろう。そう言ってサマーベッドに横になると、すぐに明日香の寝息が聞こえてきた。


 蒼汰はなかなか眠れなかった。度重なる妖怪の襲撃で神経が高ぶっていたのだ。しかし、昼間の疲れが出て・・やがて・・瞼が重くなってきた。蒼汰は明日香のベッドの布団を頭からかぶった。布団の中で明日香の甘い匂いがした。蒼汰は布団の中で思い切り息を吸いこんだ。そして、明日香を感じながら、いつしか眠りに落ちていた・・・


 どのくらい時間が経ったのだろうか・・・。蒼汰はトイレに行きたくて眼が覚めた。まだ夜中だ。すぐ横から明日香のすこやかな寝息が聞こえていた。蒼汰は明日香を起こさないように、そっとベッドを抜け出した。室内には薄いオレンジの常夜灯の明かりが満ちている。蒼汰は寝るときには部屋の明かりをすべて消すのだが、明日香が「寝ているときに妖怪に襲われたら、ひとたまりもないからダメよ」と言って、部屋の明かりをすべて消すことを許さなかったのだ。


 蒼汰はゆっくりと寝室からリビングを抜けてトイレに向かった。明日香が出してくれた赤いネグリジェ姿だ。明日香の部屋のトイレは洋式で、バスタブと同じ浴室の中にある。浴室に入ると、バスタブの上に、さっき明日香が着て風呂に入った真っ赤なワンピースの水着がハンガーに掛けて干してあるのが眼に入った。水着はもうすっかり乾いているようだ。


 明日香は何事も徹底する。明日香に命令されて、蒼汰はネグリジェの下にはちゃんと女性のナイト用ブラジャーとショーツを着込んでいた。蒼汰はネグリジェのすそをめくり上げて、ショーツをひざまで降ろして洋式トイレの便座に座った。


 用をたして水を流すと、便座に座ったまま、蒼汰の口から思わずフゥとため息が洩れた。女性の服は本当に不便だ。いつまで、こんな格好を僕は続けなければならないんだろう。トイレで用をたすのでさえ、いちいちネグリジェのすそをたくし上げてショーツを降ろさなければならない。しかし、この女性の服装が妖怪を欺いてくれるのだから、トイレぐらいは我慢しないといけないなあ・・・


 便器に腰かけて、バスタブの上に干してある真っ赤なワンピースの水着を見上げながら、蒼汰はそんな物思いにふけっていた。深夜の静寂が蒼汰と便器を取り囲んだ。


 蒼汰がふと隣を見ると、蒼汰が腰かけている便器に並んで、蒼汰の横にもう一つ洋式の便器があった。んっ、なんで便器が二つも? 山之内さんのマンションのトイレには便器が二つもあるのか? しかし、どうして?・・・蒼汰の疑問は長く続かなかった。


 蒼汰が腰かけている便器の中で、蒼汰の尻を何かがでたのだ。最初は便器の中に何かがあって、それが尻に触れたように感じた。次いで、何かがふたたび蒼汰の尻を撫でた。その感触で今度はそれが指だと分かった。


 便器の中で、誰かの指が僕の尻を撫でている・・・。咄嗟とっさのことに蒼汰は全く動けなかった。あまりの事態に頭が混乱して、逃げるという行動が取れなかったのだ。蒼汰は茫然として便器に腰かけていた。


 すると、今度は、便器の中の指が蒼汰の尻の穴を撫でた。何とも気味が悪い、ぞっとするようなおぞましい感触が蒼汰の尻の穴から頭に伝わってきた。まるで尻の穴の中にミミズがって侵入していくようだ。あまりの気持ちの悪さに、蒼汰の身体に悪寒が走った。その悪寒が蒼汰を我に返らせた。


 逃げないと・・


 蒼汰が立ち上がろうとした瞬間、二つの手が便器の中から出てきた。二つの手のひらが蒼汰の尻の左右の肉を強くつかんだ。

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