第58話 水着とネグリジェ4

 六道珍皇寺かあ・・・


 蒼汰は明日香に連れていかれた六道珍皇寺を思い出した。平安時代に、この世と地獄を井戸で行き来していたという小野おののたかむらの井戸があるところだ。


 それに六道珍皇寺の後に訪問した閻魔様の像がある千本ゑんま堂も風葬の地に関係しているのか・・・


 蒼汰は本を見ながら、ポツリとつぶやいた。


 「これを読むと清水寺の一帯は、昔は風葬の土地だったんだね。あのあたりは、昔の鳥辺野とりべのにあたるわけなのか」


 蒼汰の言葉に、明日香は京都市の地図を出してきた。地図を見ながら話しだす。


 「そうよねえ。それにこの本を読むと、六道珍皇寺も『あの世』である鳥辺野とりべのと『この世』の境界にあるということなのね。小野おののたかむらが井戸を通ってこの世と地獄を行き来したというのは、ちょうど『あの世』と『この世』の境界で移動をしていたということになるわけね」


 「清水寺に六道珍皇寺かあ。どちらも鳥辺野とりべのに関係しているね。今回の事件は鳥辺野とりべのに何か関係があるのかなあ?」


 「鳥辺野とりべのだけじゃないわよ。この本に書かれているように、この前に私たちが二人で行った、小野篁が閻魔様の像をお祀りしたという千本ゑんま堂は蓮台野れんだいのにあるのよ」


 「鳥辺野とりべの蓮台野れんだいのかあ・・・ということは・・・そうか、この事件に関係のある場所は全部が昔の風葬の地に関係しているということになるんだね」


 明日香が地図の一郭を指さした。


 「あのね、神代くん。それだけじゃないのよ。実はもう一つあるのよ。この前の六道珍皇寺のすぐ西は轆轤町ろくろちょうというところなのよ。ここも鳥辺野とりべのだわ。轆轤町ろくろちょうと女将のろくろ首。はたして、これは偶然かしら?」


 蒼汰は驚いた。あわてて、明日香の持つ地図をのぞきこむ。


 「えっ、轆轤町ろくろちょう? ・・・本当だ。そんな恐ろしい名前の街が本当にあるんだね。・・・ということは、ろくろ首まで現代の地名に残っているの? これはとても偶然とは思えないなあ」


 明日香が蒼汰の顔を見ながらつぶやいた。


 「あのろくろ首の女将は、昔の風葬の地に出没する現代の妖怪というわけなのね」


 「でもね、山之内さん。平安時代の風葬地と現代に僕らを襲ってくる妖怪にいったいどんな関係があるのだろうか? 時代が全く違っているよ。現代にはもちろん風葬地なんてないでしょう。この本に書かれている『鳥辺野とりべの』、『蓮台野れんだいの』、『化野あだしの』は昔に風葬地だったってことが伝わっているだけで、現代は風葬地でもなんでもないんだよ。妖怪が僕たちを襲っているのは、平安時代じゃなくて、現代の話なんだよ。現代の妖怪と、平安時代の風葬地にいったいどんな関係があるんだろうか?」


 蒼汰が地図を見ながら首をひねった。


 「そうねえ。・・・そのあたりは倉掛先生に聞かないと分からないわねえ。でも、倉掛先生がこの本を読んでおいてくださいって私たちに言ったんだから、間違いなく何か関係があるのよ。あの先生は本当に鋭いんだもの。あの先生の言う通り、神代くんに女の子の服を着せたら、さっきのスーパーマーケットで神代くんを探していた妖怪の眼を欺けたわけでしょう。その倉掛先生の言うことだから、何か意味があるのよ」


 倉掛が鋭いのは明日香の言うとおりだ。これにはきっと何か意味があるのだろう。明日香がスーパーマーケットを持ち出したので、蒼汰はまたあの猫のような妖怪を思い出した。背筋に冷たいものが走って、蒼汰は背中を震わせた。


 それを見て、明日香が話題を変えるように、大きく背伸びをして言った。


 「とにかく、もう遅いから今日は休みましょう。神代くん、あなたも疲れたでしょう」


 明日香はそう言うと、『謎を探る 京都の地名』の本と地図を一緒にして、持ってきた紙袋にしまった。紙袋の口を大型のバインダークリップで止めると、それをソファの上に置いた。


 本を置くと、明日香が蒼汰の顔をのぞきこんだ。明日香の眼がいたずらでもするように笑っている。


 「ねえ、神代くん。どちらが私のベッドを使う?」

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