第55話 水着とネグリジェ1

 明日香のマンションに帰ると、もう夜だった。明日香が簡単な夕食を作ってくれた。


 蒼汰が困ったのは風呂だ。倉掛の話だと、妖怪は蒼汰が女性の服装ではないときで、かつ一人になる瞬間を狙っていることになる。まさに風呂がその瞬間だった。風呂ではどうしても裸になるので、倉掛がアドバイスしてくれたように女性の服を着て妖怪の眼を欺くことができないのだ。


 困った蒼汰は明日香に相談した。すると、明日香はしばらく考えていたが、やがて奥から1枚の水着を出してきた。真っ赤なワンピースの水着だった。胸のバスト部に大きなフリルが入っていて胸全体を覆い隠している。肩ひもにも大きなフリルがついていた。ワンピースの水着にしては珍しくウエスト部分がキュッと締まっていて、そこから下がフレアのひらひらしたスカートになっている。スカートの中はショートパンツだ。フリルとスカートの先端には白い太いボーダーラインが入っていてアクセントになっていた。


 「はい、神代くん。これは私の水着よ。あなた、これを着てお風呂に入って」


 「えっ、こ、これを僕が着るの?」


 蒼汰は差し出された赤いワンピースの水着を恐る恐る手にとった。


 「ええ、そうよ。この水着ならフレアのスカート付きだし、フリルもいっぱいついてるでしょ。だから女性を充分にアピールしたシルエットになるわ。これなら、妖怪の眼をごまかすことができるわよ」


 蒼汰は躊躇した。いくらなんでも、女性の水着を着るなんて・・・それも、明日香が着ていた赤い水着を・・・。


 蒼汰の顔は手の中の水着のように真っ赤になってしまった。思わず蒼汰は下を向いた。顔が火が出るように赤く火照っているのが自分でも分かった。


 「ええ・・でも・・そんな・・」


 蒼汰の躊躇する声を明日香の鋭い声がさえぎった。


 「神代くん。あなたねえ。何を恥ずかしがってるのよ。恥ずかしがってるときじゃないでしょ。私も倉掛先生もあなたを妖怪から守るので一生懸命なのよ。これはあなたの命に関わっていることなのよ。上司命令だから、言うことを聞きなさい」


 明日香が怒鳴り声が蒼汰の頭の上から降ってきた。明日香はいつも『上司命令』と言うのだ。明日香は去年の暮に編集長補佐に抜擢された。職位では蒼汰や失踪した佐々野の上司にあたるので、『上司命令』には間違いないのだが・・・。


 山之内さんが僕の上司なのは間違いないが・・それにしても、山之内さんの真っ赤な水着とは・・。


 しかし、明日香にそう言われると、蒼汰はまったく反論ができなかった。


 結局、蒼汰は明日香に命令されるままに、その赤いワンピースの水着を着て風呂に入った。ワンピースの水着に足を通すときに、蒼汰の胸は震えた。山之内さんが着ていた水着だ。そう思うと、水着がまるで明日香の肌のように思えてきた。山之内さんの肌が僕の肌に接している・・そういった想いが頭の中に湧いてきて、後は何も考えられなくなってしまった。


 そんな蒼汰を見て、明日香は浴室の戸を開けたままで風呂に入るように命じた。明日香が蒼汰が風呂から上がるまで、開けた浴室の戸の横に立って周囲を見張ってくれた。明日香が守ってくれていると思うと、蒼汰の胸がまた熱くなった。


 蒼汰が風呂から出ると、明日香が水着を乾燥機に入れて乾かしてくれた。本当は水着を乾燥機にかけるのは良くないのだが、明日香は緊急事態だからと言って気にしなかった。水着は乾燥機で10分もするとすっかり乾いてしまった。


 蒼汰が風呂から出ると、今度は明日香が風呂に入った。明日香は蒼汰が着た赤いワンピースの水着を自分も着て風呂に入ったのだ。浴室の戸を開けたままにして、今度は蒼汰を浴室から見える位置に立たせた。自分が風呂に入っている間に蒼汰が妖怪に襲われても、水着のままですぐに助けに行けるようにという配慮だ。蒼汰は明日香に感謝した。幸いにも、二人が交互に風呂に入っている間には妖怪は現れなかった。

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